土方、頼みがある。
あなた真剣な目をしたからなんて歌じゃないけど、思わず俺はどきりとした。珍しく、万事屋の目と眉の距離が近い。半年、一年に一回、いやもっとごくまれにしか、こんな顔見ることなんかない。少なくとも閨の外以外では。布団の中でしか、こんな顔をしている万事屋を見る機会がない。そう思ったらこいつもったいねえなって少し思ったけど、でも返っていいのかも、その方が。だってずっとこんなきりりとした顔をしてたら、あの変態くのいちだけじゃなしに、万事屋のことを好きになっちまう女がって何言わす。
「……ンだよ」
俺は面倒だ、という態度を無理に貼り付けて、万事屋をじとりと見つめた。相変わらず、赤いいろをしたふしぎな目はきらきら輝いていて、ついでに目と眉の間は近いままだ。ややあって、俺の両手をがしりとつかみ、万事屋は言った。
「土方。俺と一緒に、ふねに乗ってくれ」
「あ?」
ふねと書いて、宇宙船と読む。そのこころは。 唐突な申し出だった。なんだ、宇宙って。なんかすげー昔に甘いもんの星に行きたいとか言ってたか、こいつ。まさかそれが発見されて一緒に行こうとかそういう話じゃねえだろうな。俺は警戒して、万事屋の手のひらに捕まれたままの両手を取り返そうとした──が、適わなかった。馬鹿力め。
「ンだ、急に」
「飛行機でセックスすると、すげーいいらしいんだよな」
「あ?」
話題がまた変わった。なんで飛行機。不審がる俺をよそ目に、きらめく目の万事屋は、続けた。
「気圧が低いトコでやるとなんか空気が薄いから首締めオナニーみたいな感じですげー感じるって言うからよ、宇宙船ならもっとかなって、おいなんだこの手」
「宇宙船なんか乗らなくても、今俺が天国見せてやるよ、喜べ」
そう言って、俺は万事屋の首をぐいぐいと絞めた。





声出すなよ、 そう言って、銀時は土方の口を手のひらでふさいだ。
久々に、会った。というか、銀時が仕事をしている土方の部屋に忍び込んできたのだ。忍ぶというにははやすぎる、まだ昼前だったが。
まだ仕事がある時間がない、もうすぐ昼だから山崎が来るとつっぱねる土方を、銀時はまあまあといなして、なし崩しに後ろから体をいじくり始めた。銀時の行動に土方はぎょっとしたし腹も立ったが、でもその手にはあらがえなかった。いつもそうだ。しょせんは俺も男ってことか、そう思うと腹立たしいが、でも事実だった。認めるのは苦いが、土方は銀時に触れられるのが、あんまり嫌いじゃない。得意ではないが──まだ。
「ん、ぅ」
早急な手が下肢をあばいて、久しぶりにいじられるそこに指と舌が這いはじめると、もう仕事なんて言っていられなかった。文机にふるえる手をつき、必死に快感をこらえようとする。くちゃ、ぺちょ、 卑猥な音が自分のうしろからする。ひくり、喉が震えて、顔があつい。
「ふあっ、ァ」
ずぶ、と固い肉がそこを割って入ってきたとき、思わず声を出してしまった。慌てて声とくちびるを噛む、が、きっと外に漏れてしまった。痛みよりも先に、そこから背骨を駆け上がってくる甘ったるいしびれが土方を追い詰める。そのままがくがくと揺さぶられて、前のめりに机についた手が、書きかけの書類をくしゃくしゃにしてしまう。
自分の腹の中が、銀時のものを味わうようにひくつくのが解って、いたたまれなくなる。目の奥が熱くて、ぱしぱしする。貫かれておんなにされたそこから、とろけるような気持ちよさが駆け上がってきて、頭がぐらぐらする。
「副長?」
山崎の声──さっき土方が、自分で言ったことだった。昼飯どきだから、用意が出来たら山崎が呼びに来るから、だから時間がないと。土方は喉をひくりとふるわせ、腹の中に埋まったままの銀時の肉を締め付けた。銀時がちいさく笑った気配がする。

「副長、開けますよ?」






何度目かのお泊まりの夜だった。

銀時と、土方はつきあってる。多分。
良い大人同士のつきあいなのに、「多分」なんて情けない単語がつくのは、ふたりがいわゆる「枕を交わす」ような間柄には、まだなっていないからだった──つきあって半年たつ。告白したとかされたとかそういう事実はないが、でも好きあって、一緒にいるようになった。くちびるを合わせるまでは速攻だったのに。銀時は思い出してふっとため息を吐く。
どっちがどっちとかで揉めたとか、そういうんでもない。というかそこまでにも至ってない。銀時のうちに、土方は時々、非番の夜に泊まりに来る。それで、ふとんを二枚しいて、一緒に寝る。お風呂あがりのうなじとか自分の着流しをゆるく纏った姿なんかをじいっと目に焼き付けて、そして、時々晩酌を一緒にして、寝る。おやすみなさい、おやすみなさい、また明日、の「寝る」だ。それで、次の日銀時はがんばって早起きして、土方に朝食を振る舞い、バイクを二ケツして、屯所まで彼を送っていく。それから誰もいなければかるくキスなんかしてもらったりして、またね、をする。
「今日は迎えがくる」
そう言って土方は、来たときと同じように、隊服に身を包んできりりとした姿になって帰っていってしまった。「じゃあな」
颯爽と去っていく土方はさすがの副長さまって感じ、ものすごくかっこいい。あれで、なんで俺なんかとつきあってくれてるんだかふしぎだ、なんて銀時に思わせるほど、その後ろ姿ですらうつくしく、凛としてきれいだった。土方に出会うまで、銀時は男に対してうつくしいだのきれいだのと、そんな言葉を使うなんてことすら知らなかったのに、今やすらすらと出てくる。──胸の中でだけだが。
そして、その後ろ姿を見て、毎回後悔する。くそ、今日もだ。今日も、なんも出来ずに帰しちまった。なんでなんだクソ、あんなえろいのに、俺に手を出させてくれねー雰囲気はなんでなんだ俺のせいじゃなくて土方のせいだろこれ、 銀時は後悔に苛まれて、がつがつと柱に頭を打った。いたかった。



一方、土方も同じくして、後悔に苛まれていた。
銀時の所に泊まりにいくのは、久々だったが初めてじゃなかった。というか、もう片手じゃきかないくらい彼の家に招かれ、ふとんを敷いてもらって、隣で一緒に眠った。意外と長い彼のまつげが銀色だということを知ったのは初めてキスをしたときだったが、彼の顔を好きだ、と思ったのは──訂正、顔立ちもふくめて、という意味──、初めて隣ですやすやと眠っている銀時を見たときだった。彼のことを好きだと声に出して言ったことも言えることもないと思うが、でも自分の気持ちが純粋な、だけじゃない好意なのだという事実が、すとんと土方の腹の中に落ちてきたのだった。朝のひかりの中、見た銀時の顔はやすらかで、いつもよりもずっと子どものように見えた。それが好ましかったというだけじゃないが。
それから、何度もだ。土方の方が日々に疲れていることが多かったから、銀時の寝顔をいつも眺められたわけじゃない。でも、いつも彼の気配を感じながら眠る夜をいくつも過ごした。それはそれですてきな過ごし方だ、なるほど。でも、それは銀時と土方のふたりが、もしくはひとりが、年端もいかない子どもだったら当然なんだろうが、もうふたりともずいぶん良い年だ。土方は当然、銀時に確認したことはないが、ふたりして童貞だというんでもない。のに。
あれだけシモネタを周囲に振りまいている銀時が、少なくともおつきあいをしている相手であるはずの自分を前にして、いつもすやすやと眠るだけなのに違和感を覚えたのは何回目の時だったんだろう。ちょっとだけ、自分からくっついてみたりふとんの距離を近づけてみたりもしたのに、銀時はいつもおやすみー、と健康的に言うだけだった。あれあれ、何かがおかしい。もう一度おためしください。
土方はトライした。何回も、試した。

今日もだめだった、なんて思いながら自室に戻り、たばこに火を付ける。ふわ、と重い気持ちのまま吐いた煙が細く立ち上る。今日も、手を出されなかった。それから、たばこを一本、二本と吸い終わってから、気づいた。
つーか、「出されなかった」ってなんだ。俺がされるの前提なのか、前提なのか。あいつに。万事屋に、何かをされる側なのが。ウワアアアアと思わずお化けでも見た時のような声をあげて、土方はじたばたと押し入れに飛び込んだ。奇声を聞きつけた誰かが慌てて飛び込んでくるだろうが、土方にはそんなやつに構っている暇は、今のところなかった──されたい、なんて思った自分が信じられなくて、でもやっぱり銀時のことを思うと、すとんとそのことが胸の中で形を作って、落ち着いてしまうのが信じられなくて。でも、でも、でも。