「んだ、これ」
「短冊? じゃね?」
日付が変わりそうな時間帯を真夜中って呼ぶなら多分そんな時間のはなしだった。

暑さに負けてこっそりコンビニにガリガリくんを買いに出て、ぼんやりしていたら袋に入れられて、渡されていた。ぼんやりしてた理由っていうのは隣のレジに並んでた黒づくめのおまわりさんのせいで、っていうか土方、 のせいだった。
あ、おにーさんあのおまわりさんと会計一緒でなんて言ったら(嘆かわしいことに土方はこっちに気づいてなかった)(夜勤が終わったとこって言ってたから多分そのせい、言葉通りだって俺は信じてるよ、だってまじめに気付かれてなかったもしくは無視されてたとかだったら悲しくて泣いちゃう)、案の定その場でかるい言い合いになって、結果としてワーワー言いあいながら店の外に出ることになった。追い出されたとも言う。

何気なく空を見ると大きな月がぽかっと浮かんでいた。はぎの月みてー、と言ったら「てめーは甘い食いもんのことばっかだな」とたばこの封を切りながら土方が言った。路上喫煙禁止ですよとかなんとか言って突っかかるのは簡単だけど、せっかくふたりきりで、しかも道行くひとも少ない。誰ひとりもいないのが理想っちゃ理想だけどあいにくとそうはいかなかった──でも、ほとんどふたりきりだ。足音が並ぶ。
空は梅雨の最中だからもちろん雲が多かった。それを認められるのも多分月が明るいせいだった。すっかり日が落ちた暗闇の中、それでも影が出来そうなほどの月を背に負って、ひたひたと夜の道をふたり、来た道を歩いて帰る。さっき言葉を吐き尽くしたみたいに土方はしんと静かな顔をしていて、俺はなんとなくその横顔をちらちらと盗み見ている。ひやりとつめたい抜き身の刃みたいな横顔、と考えたところであっそうだガリガリくん。と思い至った。さっきやいのやいのしていた間に店員はちゃちゃっと小さい袋にアイスを入れてくれていて、そこに、
多分短冊だった。赤い、折り紙みたいなうすい縦長の紙。上のとこに穴が開けてある。てか、短冊か。なつかし、こんなの昔は書いたっけ──あーそういや商店街の端に笹立てるとか言ってたかも、なんて思いつつ、日付のことを思い出す。七月の六日、明日は七夕。
「おめー、…明日しごと」
「おー」
期待をせずに訊ねるのは土方が忙しくて、自分がそうでないことを今までのつきあいの中でさんざ思い知らされているからだった。答えも案の定だったし。「仕事」という言葉のあとにちったァ働けと小言が続くのもいつものことで、気が向いたらとかのらくらと返事をして、そこまでが予定調和というかお互いに聞き慣れたやりとりなのだった。そして案の定。
「夜は空いてるぜ」
── まじでか。ガリガリくんの袋を開けながら相変わらずひんやりとした温度の土方の顔を見返す。こいつ汗とかかかねーの、いやかくって知ってるけど。じわりと額に汗をかいた時の表情のいやらしさも知ってる、そんなことまで考えてぱっと頬が熱くなった自分のガキっぽさにあわててアイスをくわえてごまかす。いやしかし、今この場で暑くねーのかな、風もない熱帯夜だって言うのに。そう思うほどいつもはんこで押したようにきれいな横顔がちらりと俺の方を見て言った。ぴくりと寄せられる眉が不機嫌な空気を醸し出すのであわててじゃあ、と口火を切る。
「飲み、とか」
「ンでそんな及び腰なんだ」
鼻で笑って、土方はたばこの銀紙を剥がし、ビニールと紙とを一緒くたにしてくしゃくしゃに丸めると、無造作に上着のポケットにつっこんだ。一本引き抜く指先の爪が少しだけ伸びていて、なんだかいやらしい。いつものことだけどほんとあれこれ詰めすぎじゃねーの。もうちょっとゆったり構えてたっていいと思うんだけどな、ついでに俺にもっと割く時間とかも作ってくれたり。とか。
「八時には行ける」
ウン、なんて殊勝に頷いたら、手の中でくしゃっと握っていた紙、短冊がつぶれた。また土方がこっちを見る。正しくは俺の手の中を。そこでやっと俺が持っていた紙に気付いた、みたいな目をした。短冊はアイスの袋に浮かんだ水分と俺が今くちゃっとやったせいで端っこが破れかけている。かちっ、と音を立てたのはライターで、土方がたばこに火を点ける音だった。一瞬だけ脚を止める土方につきあって俺も立ち止まる。「おまえんとこもやる、こういうの?」
「……近藤さんがでけえ笹ではっ倒されてたな、そういや」
誰にとは訊かない、そんなことやるのはお妙以外ひとりしかいない。あの人ァそういうの好きだからな、と言う口調は柔らかくて、なんだかあれこれいろんなものを忘れて口が引きつってしまうのが自分でもちょっと大人げないなと思う。明るいけど、今が夜でよかった。
「あと総悟がまたしねしね書いてたな」
そう言いながら苦いため息を吐くので、やっぱり誰に「宛てて」なのかは訊かない。沖田くんがそんなじゃれあいをしかけるのもやっぱりひとりしかいないって知ってるからだ。


土方がおれじゃない、というか真選組の話をするときに抱くこそばゆさをふくんだじれったさというのは、やきもちとかやっかみとか、そういうものだけで出来た甘ったるいものでは決してない。いわば「僕の友だちには僕よりも仲のいい友だちがいる」っていう、絶対に超えきれない壁だとかをそのたびに確認させられているようなものだ。もしくは、初めて出来た彼女が欧米趣味で、「クリスマスは家族と過ごすの」って言われてひとりぼっちのクリスマスを過ごすことになった時みたいな、細い穴を呆然と覗き込んでいるような気持ちに似ている。どれだけ自分たちのことを似てると思ったとしても、自分じゃない他人のことを大切だと信じたかったとしても、それだけじゃ幸せになれないんだって改めて意識してしまう時の気持ちだ。お互い恋愛だけで手一杯になれるほど若くもないし、子どもでもない。お互いの手の中にはそれぞれ抱えたものがいっぱいになってる。でも時々利き手が空いた時に手をつないで満足できるほど枯れ果ててもいないから、「でも」だの「それでも」だのという言葉を重ねて自分たちの隙を見つけて、そこにお互いをねじ込めないか一生懸命あがいてる。
多分俺が土方のことを諦めなくて、土方も俺のことを諦めないでいてくれたら、それこそ枯れ果てるまでこういう風なやりとりが続くんだろう。滅多に空かないその場所が時々、タイミングが重なって、一緒に居られるってなった時を見つけて、ひと目を避けるように掴んだそれを噛みしめて、次の機会を虎視眈々と待つ、いつまでも終わらないでくれればって思う裏に、いつまで続けられるんだろうって思いもあったりする、でも終わらないでほしいって土方には、思ってて欲しい、裏なんてなしに──夢みたいなことを言ってるけど。


「俺も短冊書きてえなあ」
しわしわになった紙を手のひらの中で何の気なしに伸ばしながら呟くと、たばこを一本吸い終わった土方が「テメーはどうせあんみつ食いてえとかそんなんばっかだろ」と言った。うーん、それもいいけど。何だか今は夢見がちなことをつづってしまいたいような気がする。今晩書いて、明日土方と会う時迎えに行くつもりでいるからそのついで、ジミーくんにでも渡したら俺のも並べてつるしてくれるだろうか。



「あ、でも泊まれねえ。総悟の誕生日だから、あした」
「まじでか!」

こんなよるにおまえにのれないなんて

20120707
七夕+沖田くん誕生日前日に書いてた