目をさましたとき、一瞬そこがどこだか解らなかった。光に満ちていたからだろう。あまりに強い光だったので、思わず顔をしかめた。するどい痛みが視神経を駆け上がっていく。何度も何度も少しずつまばたきを繰り返して、やっと世界が少しずつ色を取り戻していった。濡れた土のにおい、少しだけほこりっぽい空気がふわりと頬を撫でていった。見ると普段はくすんだ茶色であるはずの地面がじっとりと黒に近い色に染まっている。右側に目をやるとまるで絵に描いたような光景があった。あじさいの上に、小さなカタツムリ。子どもの落書きみたいな平和な画。

そこで、土方はやっと隣にある体温に気がいった──というか、隣に、というよりも土方が頬を預けているような格好だった。ふう、すう、とゆったりした一定のタイミングで呼吸と一緒に背中の上下する動作が伝わってくる。体温も一緒にだ。が、あわてて体を起こすと照れているようでなんとなく眠っているふりをしてしまう。つまりは、そのままの体勢をとりつづけるということだが。水分を含んでじとりと冷えた気温が着流し一枚の体を冷やしたか、触れあった頬だけがやけに熱を持っているように感じてこそばゆい。普段よりも体温が高い気はする、相手の背中だって裸じゃなし(何せ茶屋の店先だ)、気のせいであることは間違いなかろうが。ふっ、と熱を逃がすようにひとつ強く息を吐いたのが背中越しに振動として伝わったらしい。お、と声がした。
「起きたんか」 土方は答えず、眠ってしまった間も組んだままでいたらしい腕をほどいた。ちょっと肘の辺りにしびれがある──腕を持ち上げて目をこすった。ぐず、と鼻が鳴る。まるで風邪をひきはじめる時みたいな水っぽい音。あんまり意識していなかったが、やっぱり少し冷えているらしい。腰の辺りに寒気がわだかまっている。


「おめー相変わらず寝起き悪ィのな」
笑いを含んだこえが言う。こんなしめったつめたい空気の日には不似合いな感のある、やさしくて明るい声だった。聴かされているこっちが照れてしまいそうなこえが体同士のふれあいを通して少しだけいつもよりも低くなって響いてくる。いたたまれなくなるくらいに、優しい。いつもこの男はやさしい、形はどうあれ。土方がせつなくなるくらいに。
寝起きのせいでねばつく口の中でもぐもぐと「うるせえ」とやり返しても、そのふんわりと穏やかな気配はやさしく笑んだままだった。なんだか、こういう変なタイミングでさらけ出される男の余裕みたいなものがいつもちょっとだけうらやましい、それから、こそばゆい、恥ずかしいし、かゆくてたまらないのに、なんだか意識したくないところがきゅんとしてしまうのがいつも自分でもどうしようもないな、と思う。なのにどうにかできた試しがない。
「……そういうてめーは」土方はあんまり動かない頭をもたもたと働かせて、一生懸命憎まれ口を吐こうとがんばる。「ん?」なんて子どもをあやすような調子で男が伸ばしてきた手で、口元をぬぐっていくのが恥ずかしい。寝てた間のよだれかなんかか、ていうかそれ、手、服でぬぐってんじゃねーよ汚ねえな。土方はごくん、とつばをのみこんだ。眠ってしまう前にむりやり食べさせられたわらび餅の、きなこの味が口の中に残っている。
男の頭はいつもにましてふわふわとボリュームを増していた。天パなめんな!と男もしょっちゅう言っている──まるで綿飴みたいだ。水にぬれてしぼまないところは逆か。その頭をじっと眺めながら、土方は「雨か」としみじみつぶやいた。


201206??
ついったーのそれっぽい単語を出さずに雨っていうのをみて書いた でもめっちゃ出してる