「……こんなとこで何やってんだてめー」
たばこをくわえた物騒で黒づくめのおまわりさんが背中を丸めて口をもぐもぐさせている銀時を見とがめて、たいそう嫌そうな声を出した。これほどまでに「気が進まないが職務で仕方なしに声をかけてる」というのを体現したような声を人間が出せるとは、銀時も今のいままで知らなかった。人間すげーな、ここまで進化してたか。ていうか土方がかな。
「アイス屋さんしてる」
「なんで」
「バイト」
ピンク色の試食スプーンをもぐもぐさせる銀時のことをねめつける土方がちょっと上目遣いなのは、単に移動販売のワゴン車のなかに銀時がいるからだった。ついでに今は休憩中なんでえ、気の抜けた声を出す銀時にいらいらと土方がまゆをよせる。さすがにフルセットでいつもの制服は着てないが、それでも暑そうだ。
「駐車許可は」
「とって、…んじゃねえ? 雇い主が?」
「ンだそのイラッとする語尾。殺すぞ」
「だって俺ただのやとわれ人だもん。しかも今日初日で独り立ちだぜ、すげー頑張ってるとおもわねえ」
「知るか」 吐き捨てた土方は路上喫煙禁止の張り紙を見とがめ、路駐を注意した手前もあってか、ちっと舌打ちをしたのちに出したばかりのたばこをしまった。がりがりと首の後ろを掻いている手を見て、あー土方くんのうなじが日焼けしちゃう、なんてことを銀時はのんきに考える。薄暗がりの中でみる、ぽっと色づいた土方のうなじはひどくすけべたらしい。銀時が思うに、割と土方は全身そんな雰囲気があるけど。
(土方もおなじことを銀時に思っているなんてことは銀時が知るよしもない、)



「どうせならなんかひとつ買ってくだせえよ土方さん、あと残りの巡回は全部ひとりで頼まぁ」
どこから沸いてでたのか、ひょいとうすい色の頭がひとつ増えた。こっちも上着を脱いでベスト姿だが、土方よりも少し涼しげに見えるのは髪のいろのせいなのか。「ふざけんなサボり宣言かよ」
そっちには食いつくが、おごってくれという沖田の言葉には別にどうとも思っていないらしい。それどころか黙ってさいふをスラックスのポケットから取り出してすらいる。甘やかしすぎじゃねえの、 ちょっといらっとした勢いでそう言ってやりたくなるのをぐっとこらえる。何も、こんな風に町中で偶然会えたのに台無しにすることはない、ただでさえしょっちゅう顔を合わせればけんかになってしまうことが多いんだから──あれこれ顔を合わせるだけでなし、ふたりだけで会うことだってある今でさえ。リラックスして、青筋を浮かべていない土方を見るのはわりと貴重だ。外でならなおさら。…まあ今はまたキレてっけど、どっかのドS王子のせいで。

「なんか旦那、機嫌悪くなってやしやせんか? すいやせんねおじゃましちゃって」
「いやいや何言っちゃってんの総一郎くん。全然気にしてないですし。それに俺たち親友だろお」
「総悟でさあ。そうですかい、安心しやした。俺はデリケートなんで、誰かを怒らしちまってやしないかビクビクしてるんで、そりゃよかったなあ」
かわいい顔をして誰よりも根深いどSな沖田はそう言ってにこっと笑い、じゃあアイスくだせえ、と銀時の返事を待たずにワゴンの真ん中のあたり、アイスをのぞけるようになっている陳列ケースの方に移動した。思わず、土方と目をあわせてしまう。つーかばれてたのかよ。いや言ってねーけど誰にも! アイコンタクトをしてしまうくらいにはだめな大人ふたりは焦る、が、「アイス屋さ〜ん」とのんきにアイス屋デビューをしたばかりの銀時を呼ぶ沖田はひょうひょうとしている。ほんとこえーなおめーんとこの王子。

アイス屋さんってば、と呼ぶ声にハイハイ、と答えてワゴンの中でエプロンをつけた銀時が戻ると、黒と栗色のまるい頭がふたつ、きょとんとした顔でワゴンの中をのぞき込んでいる。「なになに、どれ。ちなみに今日のお勧めはパイナップルヨーグルトのフレーバーらしいぜ、俺のおすすめじゃねーけど」
「へえ、そうなんですかい。じゃあ俺ァストロベリーとチョコレートとバニラにしやす。土方さんは」
「いらね。万事屋、会計」
こいつ落っことすからコーンじゃなくてカップでな、と土方が付け足すのにまたちょっといらっとしたけど、また我慢してきゅっとこらえる。いいなー、俺もアイス食いてえ。さっきちょっと食ったけど、実は。山盛りになったカップを沖田に手渡す。
「アイス屋さんだってば。まーいいや、まいど」
お札を一枚ぺろっと渡される手をつかんでしまいたくなったけど、そっちも珍しく我慢して五百円玉をころんと手渡す。ちょっとだけ触れる指先、いつもなら土方のほうがつめたいのに、今日はアイスのせいで銀時の方がひやりとしている。あーあ。

20120726