ちょっとだけ冒頭注意







同じタイミングでいった直後だった。俺のすぐ下で土方の反った首筋がひくひくと震えて、それから最後の一瞬つめていたらしい息を吐く。口で吐いてた息が鼻にかかった「んん、」という音を漏らすのは、俺が気まぐれで余韻みたいに腰を使ったからだった。あー何かもうえろい、こんなもん見てすいませんってレベルでえろい。
シーツの上に黒いつやつやの髪がふわっと広がっている。ちょっと伸びすぎな前髪も、いまは俺がさんざんゆさぶって汗をかかせて、ついでに髪も乱れさせたせいできれいなおでこをさらけ出しているのが毎回毎回ほんとうにすけべたらしくてアーアって気持ちになる。何かっていうと今日は二回でやめようって言って約束までした事前の俺たちに対してだ。しょうがないよね約束は破るためにあるわけだし武士の初夜は抜かずの三回とか言うし、初夜じゃねえけど武士道どうこうって話には土方も食いついてくれるだろうから、とかなんとか自分に都合のいいいい訳を心の中でつぶやきつつ、まだ入れっぱなしでぞろ堅くなり始めたナニで土方くんをまたあんあん言わせてやろうと腰をもぞつかせた、その時だった。
「あっ、」
土方くんの喉から漏れたのはとんでもなくやらしい声だったんだけども、それ以外のものもぽろっと漏れた。ほんとに「漏れた」って表現以外に言い表しようのないくらいどんぴしゃだった。
いつもはきついまなじりがとろりと熱に溶けて、きれいなまつげが濡れてつやつやと輝いている。そのうっとりするくらいきれいな目元からぽろりとひとつ、大粒の涙がしずくになってこぼれた。呆然とするくらいうつくしかった。うっかり見とれた俺が見守る前で、そのしずくがころん、とくしゃくしゃになったシーツの上に転がった。
ん?

「……」
ふたりして呆然とそれを見る。というか、土方の場合は俺みたいに事態が飲み込めてない風の「呆然」とした感じではなしに、「しまったやっちまった」風の「呆然とした」体だった。おそるおそる伸ばした手で外から入ってくる光を受けてきらきらとにぶい光を放っているそれを手にとる。手に、とる。俺がもぞもぞと動いたせいでまだつながったままの腰が土方に振動を伝えてきゅっと締め付けられたりして今度は俺があってなったんだけど、今はそれどこじゃなかった。だって個体だ。涙なのに。涙だったのに。



「気ぃ抜いてると、なる」
とりあえず一旦抜けって言われてなだれ込み二回目の野望を阻んだ土方は今は俺の着流しにくるまっている。帯はどっかに放ってしまったので見つからなかった。俺は毛布を腰にぐるぐる巻きにしている。そのままにすんなって言われたからだ。二度目の夢を捨てきれずにゴムを外すのを渋っていたら、ため息のあとに伸びてきた土方の手がひょいっとそれを引っこ抜いて口を縛ってごみ箱に投げ捨ててしまった。ローションとかで汚れた手を俺の着流しで拭いてから、迷った風の短い沈黙のあとにそう言われた。これは今まで一回もこんな風になったことなかったじゃん、という俺がした質問への答えだ。自分のことについては俺のを羽織りながらさらっとこう言った──「俺ァ人魚なんだ、半分」
「え、じゃあこれマジもんの真珠なの」
「おう」
「……ひからびたりしねーのか、水、」
「しねえ。半分だけだから」
よくされる質問への決まり切った答えって感じで土方が手早く返事をよこす。もう腹をくくってるんだろう、さっきのとまどいとかその前の色っぽいようすとか全部どっかに置いてきて切り替えをしちゃったらしくて、いつも通りの男前がそこにいる。着てるのは俺の着流しだし、かき合わせただけの前からちょっと色を残した鎖骨が覗いててえろいけど。
へえ… 俺は手の中でその土方くんの涙をころがす。とろっとした独特の輝きを放っているそれは、よくデパートの売り場に行儀良く糸に通されて並んでいるやつみたいに行儀の良いまん丸ではなしに、ちょっといびつな涙型だ。大きさは多分そこそこってとこだと思う。真珠だのなんだの、宝石のことなんか疎いから知らないけど。でもなんで人魚とかすげー優雅っぽいイキモンがこんなとこで何してんの。そう言うと、土方は嫌な顔になってから苦々しい調子で追い出された、と言った。
「え、何それ追い出されたとかンなのあんのか人魚。シビアだな」
「そんなもんどこにだってあんだろ、このご時世だ」
「へー…」
土方はハーフだったから、途中で人魚になるか人間に紛れて生きるか選べたらしい。土方は人魚になりたかったらしいんだけど、歌がへたくそだったから追い出されたんだって。……シビアだな。

「ふーん」 俺はまた繰り返して、またころころと真珠を指先でもてあそんだ。角度を変えると色味が変わってみえる。宝石とか興味ねえし縁もなかったけど、これがきれいだってことは解る。
「なあ、知ってるやつって何人くらいいんの」
「近藤さんと総悟と、あと山崎」
まあ予想通りの返事だ。もう一個質問する。「これ、くれる?」
「ああ、いいぜ。つうか一個でいいのか?」
もっとでけえの出せるけど、 訊きようによってはちょっと妄想をふくらませられそうな気もすることをきょとんとした顔で言う土方はかわいいけど、多分なんか勘違いしてるんだろう、売ったら金になるからとか。確かにそうだけど。
「これが欲しいんだけど」
「……いいぜ」
俺の真意を測りかねるって顔をしてる土方を置いてきぼりにして、デスクの引き出しにいびつな形をした真珠を入れる。だってこれ、俺が生ませたやつじゃん。そう言ったらすごい嫌な顔(本日二度目)をされたけど、でもちょっと耳の先が赤くなってるのが丸見えになってて、すごくかわいかった。

僕の人魚ちゃん

20120730
他のサイトさんの土方くんがガン泣きしてるのを拝見していて思いついた…