せんせー、花火やらない。
卒業式の後にメールアドレスを教えてほしいとねだってくるのなんていつものことだけど女子ばっかりで、仕方ねえなーでもくだらねえメール送ってくんなよと言いつつ教えたら、「ありがと!」って言っていたくせに、ふた月くらい一切メールが来なかった。なんだよ、あの最後の「あたしちょっと銀八っちゃんのこと好きだったよ」なんて甘酸っぱい告白はどーした。
「あー、」 あいてえな、なんて苦い声を危うくかみ殺してほおづえを突いて外を眺める。今日は一学期の期末テスト最終日だった。あと二週間もしたら夏休み、学校はの話で俺は一応毎日来ないとならないことになってるんだけど。
今年の四月にやっと職員室にクーラーが付いたからまだなんとか過ごせるけど、去年まではほんとしんどかった。俺汗くせーと思う前に女子から「せんせー背汗すげーよ!」なんてげらげら笑われたりして、白衣を脱ぐのを諦めたりして暑すぎてふらふらになったりとかして、あとは、

「あいてえなー」 とうとうもそっと呟いてしまったけどテストに必死な二年生たちは誰もきいてなかった。きいてなくてよかったけど。去年卒業してった生徒にまだ未練があるなんて俺もまだまだ若いな、なんて言ってる場合じゃない。こっちは甘酸っぱいどころか、お酢に漬けすぎて発酵し始めてるんじゃないか状態だ。女子相手だったらまだよかったのかもと思う反面、男子でよかったって思わないでもない、だってまあそのおかげで間違いが起きなくて済んだわけだから。
最初会ったときはまだ背も低くて小さくてかわいかった土方くんが中学の夏休みあけ、声変わりして現れた時のショックを俺は一生忘れないような気がする。それまで可愛いなって思ってただけだったのに、なんだか目で追ってしまう対象になった瞬間、男の子が同じおとこになってしまったのに気づいたっていうか。何年教師やってんだって言われてしまうかもしれないけど、でもそれまでそんなことに目がいったことなんてなくて、むしろ自分の興味の向かなさに唖然としたくらいだった、けど。

(それよりなにより俺を呆然とさせたのは、声変わりをした土方くんにそれこそ胸がきゅんとしたことです、それまでにないほど、あれこれって作文?)

花火やらないメールは無造作にケータイの中で埋もれていて、返事をしないままどうやら三日くらい放置してしまっていたらしかった。テストの採点やなにやらで本気で気づいてなかったところに、しびれをきらした女子が電話をよこした。がやがやとうるさい音が後ろで聞こえる。「あ、銀八っちゃん、おつ!」
「おめー今どこにいんのよ。夜中だろーが」 時計を見たら23時だった。けたけたと女子は笑ってだって夏休みだもん〜、と言うがまだちょっと先だろうが今日が土曜なだけで。ちょっとした近況報告のあと(解りやすい中学時代の恩師と教え子の図)、今度みんなで集まんだけど、夏休み初日に、と言われた。花火をやるから。せんせーこない。
どこで、と訊いたら中学校の目の前にあるコンビニ前の空き地でと返ってきた。それならわざわざ誘われなくても俺の帰りの時間と開始時間が同じだったら自然に気づいたんじゃねーのとかあれこれ考えたりしたけど、それより先に女子の言った「みんな」の言葉の方にさかのぼって気がいった。みんなっていうのは、それは3-Zの生徒全員という意味でいいのか。もちろん俺のお目当てのあの子もふくめて、
「……行く」
反射的にそう答えてからはっとしたけど時すでに遅しだった。やったー、と喜んでいる女子を電話の向こうで置き去りにして、俺はあああああ何言ってんだばかかと頭を抱える。やっと、最近は吹っ切れたと思ってたのに。うそだけど全然吹っ切れてなかったし最近もテスト中にシャーペンの消しゴムのキャップをかじるやつがいて、それを見ていて土方くんにもあのくせあった、と思ったら会いたくて会いたくてふるえはしないけど椅子から立ち上がりそうになったけど。西野カナは震えるけど、坂田銀八は会いたくて椅子から立ち上がってワアと変な声をあげてしまいそうになる、さすがにそこまではしなかったけど、丁度質問を訊くために回ってきていた地理の教師にじっと見られて「坂田先生どうされたんですか」なんて言われたのが気まずくてならなかった。さわいで、すみません。



果たして花火の日は割にあっさりやってきた。夜八時から、と言われたので何か食べていくべきな時間帯かどうか迷ってモダモダしていたり服は俺なに白衣で行くべきかとか、あと何も言われなかったけど花火でも買ってったほーがいいのかとか考えたあげく、コンビニで線香花火と焼き鳥とビールとアイスと、つまり余計なものばっかり買って空き地に向かった。八時を十五分と回ってから着いたのでもうメンバーはほとんど全員集合してたけど、その中に土方くんはいなかった。
しょん、としてしまう自分を止められない俺をダメ教師だとは思いつつ、でも教師とかそうでないとか俺というものに付属した属性の前にこれは俺という個人にとっての大事な話だから、なんてあれこれ考えてごまかしてみる。ねずみ花火を沖田が持ってきていて、あと蛇花火、ぎゃあぎゃあ騒ぎながらうにょうにょ出てくる気持ちの悪い花火にみんな大騒ぎしている。俺はぬるくなったビールをすすりながらそれを見ていた。アイスはとっくになくなってしまっている。ちなみに半分がた落とした、くそ。
「せんせい」
大型の花火が底をつきて、蚊にもくわれるし帰ろうよ派と何言ってんだ夜はこれからだ派と少数だけど続行しても良いけどまずはトイレに行きたい派がなにやらあれこれ話をしているところに、土方くんがやってきた。「……土方くん」
俺はすっかり冷めてしまった焼き鳥を食べようかどうしようか迷っていたところで、焼き鳥が冷めたのは一緒のふくろに入れられたアイスのせいでアイスが落ちたのは焼き鳥のせいで、
土方くんは、なんていうかすごくかっこよくなっていた。

「背、伸びたね」
「そうかも」
そう言って肩から斜めがけのかばんをおろすかっこいい男の子を俺は知らないと思った。真っ先に、これは俺の知っている土方くんじゃない、と思った。そりゃそうだ。最後に会ってから半年近く経っている。彼らの世代にしたら半年ってすげー長い時間だ。手も足もすらりと伸びて、でもまだ成長しきらない余韻のようなものが残っている。きれいだ、そう思った。もうぐだぐだでよれよれになってしまった俺みたいな教師のなりそこないみたいな人間が、こんな風にきれいなきれいな彼を、
(好きだなんて)
想ってもいいものか迷うくらいに。



「ンだ総悟のやつ、あいつ俺に時間遅く教えやがった」
教えられた時間は一時間遅かったらしい。だからちょっと早めに着く位の気持ちで来たら、もうおわりかけだったなう、みたいな。相変わらず仲良いね〜、なんてまたビールを片手にどうでもいいコメントをする。アルコール分のせいじゃない何かで心音が、くそ、
手のひらに汗を掻いて缶を滑り落としてしまいそうだ。スーパードライの辛みもぬるくなってしまった上に極度の緊張状態にある今、全然何がなんだか解らない。土方くんはふと、俺の方を見て目元をゆるめる何も変わっていない顔でちょっとだけ笑って、言った。
「せんせー甘党なくせに、酒は辛口なんだ」
それから俺がかじりかけて持っていた焼き鳥を一口くれ、と言って結局全部食べてしまった。結局花火は続行されることになって、土方くんはジミーに呼ばれて、ふっと立ち上がっていってしまった。俺の恋がいってしまう、なんて子どもじみたことを思ったけど、口に含んだのはいいけどなんか飲み込めないでいるビールのせいで、何も言えなかった。


20120821-23
中学生土方くんと先生その後