寝ころんだまま首だけ少し起こして、銀時は新しい袋をぴりりっと開けた。かっぱえびせんの小さい袋、レジの横に5つとか連なって売ってるやつ。マカロニみたいな形のそれをひょいと口に放り込んで、もしゃもしゃ食べる。枕は丸めた制服の上着。それを見て土方は眉をひそめたが、何も言わなかった。なぜなら銀時が珍しく(ここで盛大にファンファーレを、どうぞ!)仕事中だからだ。
時刻は夜の十時をすこし回ったところ、銀時も土方も、ふたりとも今日は早番で、勤務時間はもちろんとっくに終わっている。
土方の手元にはいつも通り書類があって、次から次へと決済だの承認をしてもらうのを待ちわびてそれこそ列を成しているような状況だ。
「今の。回りくどい、もっと簡潔に。それと」
と、ここでぐぐう、と腹がなった──土方のだ。お菓子を現在進行形で食べている銀時のじゃない、もちろん。
「……それと、テメーの文章、接続詞が一辺倒だ。「が」ばっか使うな」
なかったことにするらしい。そう続けられるのを背中の振動と一緒にききつつ、銀時は解った直しとく、と肯いて、またかっぱえびせんを食べた。咀嚼して、手元の書類を読み上げる。報告書だ。

同じ副長だっていうのに、土方の方がむかしからいるせいなのか、それともキャパシティの違いか、回されてくる仕事が多い。一応銀時も書類仕事をする権限はあるのでやれなくはないのだが、やろうと思うといちいち土方にまとわりついて(ここら辺はそうしたいだけともいう)書類の書き方を訊かないとならないので、むしろ土方の仕事を増やすから、やるなら「確認済みの書類にサインをするだけ」とかになる──もっとも、一時期なぞ銀時の承認印が押してあるのにめざとく気づいた山崎が「土方さんこれ了承済みですか」なんて突っ返してきて、二重仕事をするはめになったこともある──。今日は、初めて銀時が陣頭指揮を執ったケースの報告書、しかもお上にあげる用、のを書いているのだった。提出期限はずっと先なので、まだあわてて取り組まなくても大丈夫なのに、珍しく自分から「書いたから添削して」と持ってきた銀時に、仕事人な土方はむしろ目元をほころばせすらして、しかしいやいや、という顔で了承してくれた。
そのせいで、今銀時が寝っ転がってお菓子を食べながら報告書を読み上げても、一応「時間外に前倒しで仕事をしている」のは間違いないので、土方は文句を言えずにいるのだった──菓子食ってんじゃねーぞとは言われたけど。

文机に向かっている土方の背中に銀時はぺたっと後ろ頭を預けて、お互いのどっちかがしゃべるたびに振動が伝わり合うような状態だった。銀時は特に、頭を預けているものだから土方の声が骨に響いて、いつもよりも少しだけ高くなって聞こえる。相変わらずいい声だな、って言ったところでまた土方のおなかが「ぐっ」と音を立てた。短かったのはあわてて腹に力を入れたからだろう、多分。てか隠してもこんだけくっついてたら意味ねーけど。食べ終わったかっぱえびせんの袋を丸めて、いちごポッキーの小袋に手を出す。つぶつぶのやつ。手を伸ばしたら届く位置に小さいスーパーの手提げ袋がおいてあって、菓子はそこから出てきている。銀さんの四次元ポケット、っていったら土方はおどろくほど冷たい目で銀時のことをじろりと見てきた(てめえ)。全部もらいものだ。
今日の昼間の巡回の時にさんざん、近所の子ども達に群がられて押しつけられた菓子類だった。土方もそれを知っているので(今日の当番は土方とだった)──これもあれこれ言わないことの原因のひとつかも──、今日がなんなのかってことも、多分。ていうか土方は絶対に知っている。さっきも通りかかった山崎が「あ坂田副長、」
お誕生日ですよね、って声をかけていったばかりだ。入り口に背を向けていた土方は微動だにせず、かけらも動揺を見せずにさらさらと書類を一枚終わらせて、決済済み、の箱の中にひょいと落としただけだったけど。
あと残りわずかになってしまった今日のあいだに、その言葉こそを土方から引き出したくて、こんな風にわざわざやらなくてもいい仕事まで引っ張り出して張り付いていたりなんてする銀時の健気な男心を土方は果たしてどこまで解ってくれてるものだろうか。


「土方、今日何の日か知ってる?」
「この書類の提出日」
手に持っている今書き終えたばかりのそれをぴらっと振って言われる。山崎! と声を張り上げたとたんどこに控えていたのか、優秀な監察はぴゃっと出てきて、墨が乾くなり書類を持ってそそくさと出て行った。副長ふたりがそろった時には長居しない方がいいそれはなぜか、と大まじめなしたり顔で山崎は他の隊員たちに語るが、その理由を本人たちだけはなぜかちゃんと解ってない。馬に蹴られるからでさァ、と歯に衣着せぬ沖田などは指摘することもあるが、ふたりは全然自覚がない。
「それと?」
期待を込めて銀時は続ける。ごろん、と体を反転させて腰のあたり、っていうかもうほとんど土方の尻に鼻先を押しつけた。たばこのにおいがする。マヨボロ、もうこのにおいをかぐと土方だなって思うから自分でもちょっと重症だと思う。全然違うとこ、たとえば出張先とかでこのたばこ吸ってるやつとすれ違って、土方に会いたくなった時は困った。会いたくて、どうしようもなくて、心臓が走り出すような気持ちがしたのに、とうの本人へぽろっと漏らしても「へえ、そうか」の一言だけだった(ひどい)。
「……人間ドッグの前日」
「あー……」
そういえば、そうだった。銀時の予定はまだだいぶ先だが、土方は明日、「トシふだんから無理してっからね早めに受けてきてねってことで真選組の人間ドック受診第一号ね!」と近藤に押し切られた。苦虫をかみつぶしたような顔をして「坂田も休みだろ、副長ふたり同時に休みとってどうする」とだけ反論したが、結局受診表を受け取った。ちなみに人間ドッグが終わったらもうそのまま上がりでトシも非番でいいからね! 明日の昼までね! という言葉に何だか含みを感じなくもないのだが、
「しろいの飲むんだっけ」
「……気色わりぃ言い方すんな」
バリウムな。 その検査のせいで、土方は21時以降何もものを食べられないし飲めない、たばこも禁止にされてきつい時間を過ごしている。ふだんなら大して気にしないだろうが、今日は勤務時間終わりまぎわに立て込んだせいで夕食を食いっぱぐれたから、土方はいつもよりも三割り増しで機嫌が悪いのだ。
「白いの飲むから準備してるってなんかえろいな、今度俺のもしてよ」
「ハ」
土方は小馬鹿にした、というよりもただ息を吐いただけ、といった風な笑いを漏らして、銀時の解りやすいシモネタを一蹴した。「何言ってんだ、いつも飲んでやってんだろ?」



20121010
銀さんお誕生日おめでとおおおおおおおお