朝だった。八時になるよりも前だった。
 いっそ乱暴なほどのぴんぽんの連打で銀時はたたき起こされて、寝起きのくちゃくちゃな頭のまま玄関に飛んでいったら、土方が立っていた。腕にはでかい鍋と、エコバッグ(なんかミッフィーの絵とか描いてあってかわい、)が下がっている。仏頂づらはいつものことだ。「台所借りンぞ」
 こっちも乱暴で、一方的な宣言をしたくせに、土方はおじゃましますと律儀な挨拶をしてから玄関でくつを脱いだ。銀時は寝癖で鳥の巣みたい(とは後日土方の漏らした感想)な頭をがしがし掻いて、寝ぼけ眼でそれを見ていた。が、土方の持っていた重そうなでかい鍋にはっとなって、「俺が持つよ」と申し出た。遠慮無くどかっと渡された鍋はなるほど、重たかった。
 ふたりは同級生だ。土方と、銀時がって意味だが。去年は隣のクラスで、今年は一緒になった。去年から銀時は土方のことを知っていて、実はずっと気になっていたりしたんだけど、彼の方はどうか解らない。台所どっちだ、と飛んでくる質問に答えて「右」とざっくばらんにこたえる。ぼんやりしていた銀時があわてて追いかけて行くと、土方がエコバッグをテーブルの上において、電気を点けたところだった。銀時のつま先から、頭のてっぺんまで、青く、冬の黒い海のいろをした土方の目が這う。思わず赤面しそうになって「鍋ここ置くから」なんて、ちょっと乱暴にバッグの隣に鍋を投げ出した。つーか重たい、何この鍋。圧力鍋、なにそれ。
「じゃあ、…台所、借りるぞ」
「おう、」
 もう一度土方は宣言して、エコバッグの中からうすいビニール袋に入れられた野菜なんかのあと、黒いエプロンをとりだした。カフェの店員がしてるみたいな腰巻きのエプロンだ。背を向けるとまだうすい彼のラインがきゅっと強調されるようで、銀時は思わずぞくっとしてその背中を見つめた。後ろ手にちょうちょ結びを作ろうとしているその肩、きれいな肩胛骨。成長している途中でまだまだ細い手首がまくり上げられた裾から覗いている。そこに噛みつきたいくらいえろいけど、いやいやって思って銀時は自嘲した。だってまだ朝早い。


 今日銀時は奇しくも十七歳の誕生日を迎えたところだった。なのに連休だというので家族ときたら部活のある銀時を置いて旅行に行ってしまったので、俺ひとりなんだよかわいそくない、とさんざんにアピールして、なだめすかして、何とかジャンケンで勝って、土方に遊びに来てもらった。教室で、仲良しの沖田くんの家に飯を作りに行ったとかなんとか、言ってたからだ。土方くん自身はとんでもないマヨラーなのに、料理はなぜか上手らしい。彼と家庭科の調理班が一緒になった誰かが言っていた。お姉さんだかお母さんだかが料理好きで、家族全員が料理をするので自然と土方にもそれが遺伝したのだ、というのはこのあとになってから訊いたことだったが。
「すげー、いいにおい」
 着替えたり慌ててリビングをファブったりしてから戻ると、台所は言ったとおりのすごくいいにおいが漂っていた。何作るの、って訊くと手短にカレー、と声が戻ってくる。みたことも訊いたこともないスパイスがいっぱいテーブルの上に並んでいて、それから、骨付きの肉(!)がパックをほどかれて、鍋に入れられるのを待っていた。
「え、スパイスから作んの」
「そこまではしねーよ」
 なるほど、ちゃんとカレールーも持参だった。

 銀時と土方は、そこまで親しいってわけじゃない。むしろけんか仲間みたいな認識を周囲からはされていて、それは全くもって間違ってない。むしろ土方としてはそうとしか思ってないんだろうし、家にきて飯を作って欲しいという銀時の突然のおねがい(しかもジャンケンに負けたのちの「おねがい」だったので、土方にしたら罰ゲームだくらいの感覚なのかも、ちくしょう)には困惑しているかもしれない。なにせ、実際来てもらえることになってようやく連絡先を交換したくらいなのだ。カレーと、ごはんの炊けるいい匂いがする。
 こんな形で言ったら卑怯かも知れないけど、銀時は土方のことが、好きだった。こっそりと、ずいぶん前から。気付いたら目で追ってて、気がついたら好きになっていました、ってほんとにアリなんだって気付いて愕然とした。でも子どもみたいに絡むことしかできてなくて、今のところ銀時なりの好き好きアピールは功を奏していないのが現状だが、でも、こうして誕生日に土方が家に来てくれて、エプロンまでして(!)銀時のために、カレーなんて作ってくれている。勝手な妄想だけど新妻みたい、すげー萌えるなにそれ。今はその妄想だけで十分、幸せだった。
 なのに。
「つーかおまえ、誕生日なんだろ、今日」
「えっ、…あっで、ひじかたなぜそれを」
「総悟が言ってた」
 たまねぎを刻んで、圧力鍋にぽいぽいと具材を放り込んだ土方はサラダのためにとボイルえびを刻んでいる。あとセロリとキュウリとパプリカ刻んで、マスタードであえるって説明されたけど、味はなんか想像つかない。うまいんだろうけど。ていうか、土方は知ってたのか。銀時がうちが誰もいないから飯作りに来てよって頼んだ、必死さの裏側にあるもののことを? 動揺した拍子につま先を玄関の棚にぶつけて悲鳴を上げる銀時をちらっと流し見、俺なんかでいいのか誕生日過ごすやつ、土方は小声で付け足す。
「え。」
「……なんだよ」
 どうしよう。銀時は気付いてしまった。土方の耳がちょっと赤い。多分、自分の顔だってそれに負けず劣らず真っ赤になっているだろう。誕生日だって、知ってて、憎まれ口を叩きつつもこうやって、一緒にいてくれるために来てくれたって、それってもしかして期待してみたりしてもいいの、土方、俺おめーのこと、すげー好きだけど、
 頭の中の自分はぺらぺら喋ってるのに、うまく言葉は音にならなかった。そのギャップが自分でも恥ずかしい、小学生じゃあるまいに、そう思うけどうまく声が出てこない。斜めうしろに立って彼のきれいな横顔がうす赤いのを見守るだけで精一杯なうえ、ぶつけたつま先がすごく痛い。それでも今まででいちばんすてきな誕生日になるような気がした。



お誕生日おめでとう

20121010
スク★パラのペーパーラリー用に書いたぎんひじdks\(^o^)/ ケーキもつくろ〜ってなって銀さんが焼けばいいですね(銀さんの誕生日)(スーパーに一緒に行ってケーキの材料買う男子高生)