てんびん座のあなた、今日は右足から靴を履いて外に出ると、いいことがあるでしょう。

「銀ちゃんアル」
「俺だな」
もしゃもしゃと朝の歯磨きのあと、だらっと見ていたテレビから流れてきたいつもの星座占いがそう言ったので、ちょっとだけ気分がよくなった。昨日の飲み会のせいで二日酔いだ──あークソ、誕生日だからおごるわよとか言われて調子のってあんな何杯も空けなきゃよかった。頭が痛くて逆に眠っていられないので無理に今起きているような状態だし、口の中というか喉の奥になんとなくいやなアルコールの味が残っているようで、何かもう朝からうんざりだ。何にって、まず真っ先に俺にだけど。帰ってきてからトイレと布団とを何往復もして、もう二度とお酒飲みませんからァ! とかふだん信じてない神に誓ったけど、どうせまた明後日くらいには飲むんだろうなっていうか、飲みの予定があった。そわっとして、カレンダーを見る。土方と会う日、わかりにくい赤い丸印だけがちいさくつけてある。
おつきあいまで後一歩、みたいな状況になってもうふた月経っていて、その間の進展が一切なかったのは土方が忙しかったから、っていうか全然会えなかったからだ。もう一押しってとこまでやっとこぎ着けたのにって銀時としては思うところで、でもじわじわこうして距離を埋めるのがちょっと楽しくもあって、もだもだした年甲斐もないままごとみたいな恋愛を楽しんでもいるのだった。
(でももうちょいキスとかくれーさせてくれてもいいと思うんだよねもしかして土方って童貞なのまさかそんなすげーおいしいけど)


昼頃、ちょっと調子が良くなってきたので右足から靴を履いて、言われた通りに外に出る。と。
「あっ、下着泥棒! 捕まえて!!」
ちょっと歩いたところで急に後ろからそんな声がかかって、るせーな二日酔いまじ頭ガンガンすんだよって思いながら振り返ったら、多分下着泥棒って叫ばれたやつが逃げる間に投げたんだろう、ぱんつが透けて見えるビニール袋を投げつけられて、思わず受け取ってしまった。えっ、あっ。とまどいは一瞬だけで周囲の目はすぐさま「こいつも仲間だ」みたいなものに変わった。「えっちょっ待っ俺は違っ」
お妙ばりの跳び蹴りが銀時の背中に炸裂して、周りからフルボッコされるまでほんとわずかの間だった。そのあと通りがかりのやつが本物の泥棒を捕まえて連れてきて、銀時の濡れ衣は晴れて平謝りされたりぱんつ一枚あげましょうかとか言われていらねーよ! てなったり、災難去ってまたって感じで今度は通りがかりの車がはねた水たまりの水ぶっかけられたりのら犬におしっこされたり信号待ちで止まったら隣に立った赤ん坊に髪の毛引っ張られたりとか、なんかすげー何も良いことなかった。

「あ」
出歩いててもなんかいいことねーしと思って公園に座ってだらっとしてたら、そこに土方が通りかかった。あれ。
「何してんの」
一瞬立ち止まってたばこに火を付けてから、土方は「巡回」と煙を吐き出しながら言った。ふわっ、と煙が横に伸びる。風が吹いてきたせいだ。
「ひとりで?」
「……」
苦い沈黙が返ってくる。多分沖田に逃げられたとかそんなんだろう、詳しくは黙して語らずって感じだったけど。ふう、とまた一服して、土方は何をするかと思いきや銀時の隣に腰掛けた。
「何してんだ、オメーこそ」
「…んー」
何かいいことがあるかもって言われたから、外に出ただけ、 でも結局なんか良いことっていうほどいいことなんかなくて、むしろ不幸なことばっかりだった。今この場まで、土方に会えるまでは、すげーやな一日で終わるところだった。
「おめーに会いに来た、みたいな」
「……」
またしても沈黙。でも今度は何か、さっきみたいな不機嫌な「だんまり」って感じじゃなかった。不機嫌さっていうのはもちろんなんか気配としてあったけど、でもなんかメインにあるのは照れてて、みたいな? 仏頂面な土方の横顔が少しだけ赤いような気がして、なんか明後日の約束って今日に前倒し出来たりしねーのって言いたくなるくらい、なんかかわいかった。周りがうらやむイケメンをつかまえて「かわいい」ってなんだよって感じだけど。

「あ、土方さん。それに旦那」

手とかせめてつないじゃおうかなどうしよっかなって銀時が逡巡している間に、土方の相方がひょいとどこからか現れた。さっきまでのかわいらしい雰囲気を投げ捨てて土方が「総悟てめえ!」って立ち上がろうとする、と沖田が「動かない方がいいでさァ」と静止した。?
「いやね、さっき屯所に爆破予告があったんで。この公園のベンチの下にって」
「は?」
「樫の木と木楢の木が二本ずつ並んでるとこのベンチっていう通報でしたから、……」
えっ。あわててふたりして周りを見渡す。まさか、と思うけど真後ろに樫の木。その隣に木楢の木。きっかり、二本ずつ。耳を澄ませてみたらなんかかちかち音が聞こえたりする、ような?
「……総一郎くん、まさかこれ」
「総悟でさァ。そのまさかです、旦那。立ち上がったらボン、ですぜ」
沖田の声に笑いが混じっていないのが不安を煽る。隣の土方も青くなっている。え、なんかリーサルウェポンでこんなシーンあった、トイレが爆発してなかったっけ。ここ、トイレじゃねーけど。たらりと冷や汗がこめかみからしたたり落ちる。
銀時は無言のまま、ベンチについた手で、土方の指先をたぐりよせて、かるく握りこんだ。土方が小さく握りかえしてくれて、なんかそれどこじゃないけど笑いそうになった。──うれしくて。




右足から靴を履く

20121010
そういうジンクスがある(右足から靴を履いて出かけると一日幸せでいられる)っていうのがあるってしってずっと書きたかった