夕日の中で土方がしゃがみこんでいる。銀時はそれに気づいて歩みを止めた。夕焼け、見たこともない川のほとりだ。
何してんの、 音にもなっていない声を聞きつけた土方が、ふと顔をあげる。いつもほの青いふしぎな墨いろをしている彼の目が、夕焼けの中でオレンジ色に染まっている。天人の持ち込んだあのおばけカボチャのいろだ、焼ける溶岩のいろ、いつも氷のように冷たいようでいて、その実誰よりも腹の奥に熱いものを抱えている土方には、その燃えるような色はよく似合ってはいた。違和感はぬぐいきれなかったが──じっとりと彼の目に見つめられたのち、銀時はその横に腰を下ろした。土方の髪は、なぜだか長い。それに、さっきまで着ていたはずの隊服ではなしに、よく見る着流し姿になっている。しゃがんだせいかそれとも体に対して少し裾を短くしているものか(身動きをとりやすくするため?)、見覚えがあるよりも少し細身のふくらはぎが覗いていた。冷たくなりきる直前といった風味の風が土方の肩口にわだかまっていた長い髪をさらさらと固まりから崩して、揺らしている。土方の足下には小さなたき火があった。
何してるの、とまた訊ねてみると、今度は答えがあった。伏せた土方の目元に長いまつげが深く影を刻んでいて、なんだか彼が泣いているようにも見え、一瞬銀時はどきりとした──もちろん、土方は泣いてなどいなかったが──。黙って静かな表情で火を見つめている土方は、まるで精巧な人形のようにも見える。そして、唐突に銀時はこれが夢の中だということに思い至った。考えてみれば、もちろんそうだ。だって最初、この川を見つけた当初ここは河川敷の、砂利の中だったはずだった。今は背の高くなったすすきに囲まれて、土方だけが前髪をさらさらと揺らしている。銀時にも等しく風は吹き付けてきているが、風のぶつかる感触はない。それに何よりも先に、こうして髪が長い頃の土方に、銀時は会ったことがない。

「手紙を」 燃やしてる、 土方はすきま風がささやくような声で言い、手のひらからぱらぱらと何か、小さくたたまれた紙のようなものをたき火の上に落とした。ぱっと火が大きくなり、そしてすぐにおさまる。手紙。銀時は子どものように、言葉尻を捕まえて繰り返した。何でまた、と問いを重ねる前に、オレンジに染まった青い目が銀時のことを見た。夢の中だとは解っていつつも、一瞬どきりとしてしまう。「迷っちまうから」
未練がのこる、寂しくなる、会いたくなるから、 そんなことをぽつぽつと土方はつぶやき、そのたびにひとつ、ひとつ、小さな紙切れを火の上に落とした。その口元は笑んでいるようにも見え、ほとんどうつくしい、という言葉以外の何も言うにもふさわしくないようにすら思えた。が、銀時には何も言えなかった。



そんな夢を見たのだ、と銀時は酔いにまかせてぼそぼそと漏らして、居酒屋のカウンターに突っ伏した。その時の土方が驚くほどきれいで、それでいて悲しそうに見えたから、たまらなかったのだ、ともぐもぐくぐもった声で付け足す。ぐっとこみ上げてきたげっぷをかみ殺すと、さんざんあおったアルコールの味がして、ちょっと気分が悪くなる。
未練なんか、嫌ってほど残してほしかったし、寂しくなるなんて言われてみたかったし、会いたいとも言われたかった、──言われてみたかった。一回だけでもいいから。そんな気分が見せた変な夢なんだろうなっていうのも、変に頭に焼き付いてしまった情景と土方の声と一緒にはっきりと脳裏に残っていて、それで、変な手紙なんて出してみたりした。なんて書いたらいいのか解らなくて、内容はあんなことになったけれども。
「……」
突っ伏したら顔を上げるのに躊躇してしまって、そのまま隣で猪口を持ったまま固まっている土方を見るのに、そっと指の隙間から盗み見るような格好になる。もっとも、見なくても土方がおでこまで赤くしているだろうなっていうのは、気配でわかったけれども。



20121024