ぞくぞくする話をいっぱい、 少年はそう言った。長年の飲酒ぐせからだけでなしに、震える手を見下ろしながら土方は子どもの言葉を思い出す。
坂田、さかたぎんとき、 子どもはまるでくったくせずに、本名らしき名前を名乗った。なるほど、 そう思いながら土方は彼の銀髪を見た。最近じゃなかなか外に出ることもなかったから、外の明るい光に後押しされた彼の輝くような銀髪が目に痛かった。鉄さびにもにた、うす赤い彼の目。
あれが今ではおそろしくてたまらなかった。

「勘弁してくれ」 土方がそう震える声で漏らすたび、少年はかたくなに首を振って、話を本筋に戻させた。もうずっと昔、土方が若かったころの話。今では逆賊と呼ばれお尋ね者と呼ばれる身分になる前のはなし。土方のしていたことが罪ではなく、世直しのためと信じられていたころの話を。
戦争では負けたものが悪と呼ばれ勝てば正義と呼ばれる。その頃土方のしていたことは、大義だった。正しいとされたことに裏打ちされ、指示されるままに何人も何人も、たくさんの人間をころした、それは事実だった。あれは生存だけに意義を見いだしたが故の行動だった、何度も、土方はそう言った。少年はそれを許さなかった。
「あんたがしたこと全部、話してよ。そうでないと、…」
少年は続きを、思わせぶりな沈黙でにおわせた。晴れやかな、子どもらしい笑み。青空のように澄んだその笑顔の中にはかけらの闇もない。
だのに、子どもは土方のしたことをききたがる。ぞくぞくする話をたくさん、そう言って。

「お前は怪物だ」 土方の弱々しい悪態に、少年はそうかな、とかわいらしく首をかしげた。「俺の読んだ本じゃ、あんたのことをそう描いてたけど。おかしいね」
さあ、解ったら続きを話して。もっとたくさん、 ぶるぶる震える手で安物の酒を注ぎたし、土方は一気に煽る。喉の奥にこもるような熱がある──焼け付くアルコールの熱さではなくて、何かもっとべつのもの、──




20121104
キングのゴールデン・ボーイという本のオマージュ 本当にこの本はすばらしい…