銀時の恋人は先生だ。 と言っても先生とつきあってるというわけじゃなくて、いや先生とつきあっているのは事実なんだけど、職業:中学生教諭ってやつだ。名前は土方っていう、 仕事のときだけかけてる黒ぶちめがねがえろくて、それがなくてもえろくて、なんかかっこいい先生だ。「ただしイケメンに限る」の参考画像に引っ張られそうな顔をしてて、背もそこそこ、学生時代から続けてる剣道のおかげで細マッチョにちょっと筋肉が足りないって感じ、それからとびきりきれいな顔をしている。
俺が中学生だったら土方のこと好きだったかも、と前に言ったらそうじゃなくても好きなんだろって突っ込まれた。酔ってた、あのときはふたりとも。そうでなければ土方は「おまえ俺のこと好きだろ」なんて絶対言ったりなんてしない、照れ屋なんだ──話がずれたけど。

きれいな顔をしてる土方はそれこそ街を歩けばすれ違った十人全員の目を引いてしまうほどのイケメンなんだけど、どうしてか銀時とつきあっている。小学校の頃からの知り合いで、大学で改めてであって、どうしてだかそういうことになった。土方の中学高校のつれあいだった近藤は「どうしてだろうなあ、おまえらそれぞれ、割とモテんのになあ」なんて言うし、銀時のくされ縁の高杉なんかはぷかっとたばこを吹かして「もったいねえよな、土方だけな」なんて失礼なことをぬかしたりする、でも十八の時につきあって、それから銀時は土方のことしか知らなくて、土方も銀時のことしか知らない。詳しく言わないけどそういうことだ、しかももう十年もつきあってる。俺たちが男女だったら結婚してておかしくないよなって三年前のクリスマスにそういう話になったりして一緒に住もうかって話が出て、立ち消えて、を繰り返している。
でもどうしてかふたりで一緒にいるのに飽きないし、好きだなって思った十八の時の銀時の気持ちは立ち消えないし、むしろ収まる場所を見つけてしまって、もうずっとこのままなんじゃないかって気がしている。つーか、もう何とかなれるんならなってしまいたい。どっちかの名字が変わるとか、銀時よりも広いマンションに住んでる土方が「年が明けたら越してこい」とかって急に言ったりしないかなとか、もしくは三年前からちまちま貯めてる貯金に加えて年末ジャンボがどかっと当たって家買おうぜ住もうぜみたいなことになったりしないかな? とかって考えて早くも二年が経とうとしている──ふたりで過ごすようになって、クリスマスは十回目。アニバーサリーだ。



「ぶかつ」
銀時は憮然として、長い長い沈黙ののちにその言葉尻を捕まえて、ひとことだけ返した。部活の引率。
同居していない代わりに、休みの日は互いの家を行き来している。その日はふたりして銀時の家にいた。クリスマスの買い物をして、デパ地下で買ってきた総菜をつついていた。土方はどうか知らないが、銀時はむかし貧乏時代に自炊していた経験もあって、そこそこ料理は出来る方だ。さすがにおうちクリスマスだからと張り切って鳥を丸ごと焼いたりはしないけど──ふたりだけだし。でもグラタンは焼く予定、ケーキはかわいらしいミニサイズを予約してきた。
カレーコロッケをつつきながらビールをちびちびやっていたところに、土方の携帯が鳴って、メールかと思ったら電話だった。一回切れたと思ったら間髪入れずにまた鳴り出して、マリンバの音がぽころんぽころんと響いた。仕方なしに画面を見た土方が、ちょっと話してから廊下に出て行く。テレビの音は下げたのに。そうするってことは仕事の電話だっていう合図だ。銀時もそうする。使ってるのはiPhoneじゃないけど。
土方はじき戻ってきた。銀時がパンを食べ終わって、ビールの最後の一口を飲んでしまおうか、どうしようか、悩んでいると土方がすごく申し訳なさそうな顔で戻ってきた。銀時はあ、と思った。嫌な予感がした。そうしたら、案の定だった。

今年のクリスマスイブは休みだったけど、土方が部活の引率だというので25日にやることになっていた。残業を避けるために銀時も24日休日出勤して、25日は半休をもぎとったのに。
「え、なんで。おさめ稽古24つってたじゃん」
「……近藤さんが」
出た、と思った。近藤さんのことを土方は好きすぎる、と銀時はつねづね思っていて、実はちょっと不快に思ってたりもして、それをおりにつけ伝えてはいるんだけれども、ちっとも治らない。最高に悪いくせだ。マヨネーズかけまくるのもマジやめろって感じだけど、近藤さんシンパの方が勘弁してくれって思うことが多い、まじで。
「近藤さんちの道場に、有名な先生が来る予定らしくて」
申し訳なさそうな顔はしてるけど、土方のその眉尻の奥に隠しきれてない喜びがにじんでるのも、正直言ってむかつく。
土方は剣道馬鹿だ。高校と中学の教員免許を持ってて、しかもどっちも採用試験に受かったのに、中学の剣道部の方が強いうえに近藤さんちの門下生が中学生だったからとかいう理由で、中学の教員になることを選んだ。もちろんその他にもあれこれ理由はあったろうけど。
銀時も大学時代同じ学部で、一緒に教員試験も受けた。でも結局二次面接で落とされて、そのまま就職してサラリーマンになった。これは、余談だけど。
「なんで。とっつぁん、一緒に顧問なんだろ」
「…今日から年休とってんだよ、あの人」
土方が先生になるまで、銀時は生徒が冬休み中先生達が何してるのかなんて知らなかった。普通に学校があって、年配の教師、それこそ有給が余りまくってるようなやつらは、冬休み開始と同時に年休をあてることがあるらしい。とっつぁんっていうのは俺と土方が教育実習に行ったときお世話になった先生だ。だから俺も知ってる。ひとり娘馬鹿で、娘に彼氏が出来たらそいつをころして俺もしぬなんて平気で言いそうなエキセントリックなおっさんだ。だから三連休に被せて長期の冬休みをとるなんて言われても今更、別にびっくりしない。──それが自分たちの予定に影響しない限りは。
「クリスマスなのに稽古かよ。ガキどももかわいそーだな」
「んなこたねーよ。有名な先生だし、嬉しいだろ、」
「おめーはな?」
迷っていたビールをぐびっと飲んでしまって、空になった金属製のタンブラーをたん、とするどい音をさせてテーブルに戻した。前に一番搾りのキャンペーンでもらった保温出来るタンブラーだ。今日は一番搾りでなしに端麗生を飲んでて、しかもふたりともあんまり酒につよくないので、(明日は平日だし)いつも500ミリ缶を半分こして飲んでいた。今日はほとんど銀時が飲んでしまったわけだが。
「……言いたいことがあるならはっきり言いやがれ」
まるで威嚇するみたいな低い声で土方は言い、がたんと背の高いスツールを蹴って立ち上がった。臨戦態勢ってやつ、見ればわかる。十年つきあう間に数え切れないぐらいけんかをしたし、数え切れないぐらい別れる直前まで話が進んだこともある。土方のすべてを知っているなんて夢みたいなこと口が裂けても言わないが、でも他人じゃない、そうなくなってから、長い、 だから本気で土方が怒っていることが銀時には解る。こういうときの銀時のやる気のない態度が土方をさらに怒らせるということもふくめて。
無言をつらぬくと、土方は肩を怒らせたままコートをひっつかみ、帰っていってしまった。ばたん!という激しい音のあと、オートロックがかかる音がする。マフラー忘れてったなあいつ、二十秒くらいして思ったけど、おいかけるには少し遅かった。土方は脚がはやい。くそ、と吐いた悪態に耳を貸すものは誰もいない。さっきまでふたりいた部屋の空気はすぐに冷えてしまったように感じた。



ふたりの家はちょっとだけ離れている。電車で二十分の距離、駅にして六つと、中途半端な長さ。土日だけ使える乗車券を買ってあって、ふたりで使っている。乗車券は十回分の値段で十四回乗れるやつだ。
土方は大学卒業まで実家だったが、就職が決まって今の家に越してからずっと同じ所に住んでいる。だからその時のたまり場は銀時のアパートだった。初めてのエッチもそこでしたし、二回目も、三回目もそうだった。違うかも、なけなしの廊下っぽい台所の前のスペースだったかも。とにかく、銀時の狭くてぼろいアパートの中だった。
社会人二年目に会社からすぐ近いところに越したのだが、そうしたら土方と行き来するのに一時間近くかかるようになってしまって、耐えきれなくなって二年間の契約が切れるなりこの家に越してきた。電車で二十分、銀時としてときどきもどかしくなるのだが、ちょうどいい距離だと土方は言う。帰りにひとりで電車に乗るときの余韻が、ちょうどいい、やっぱり酔ってた時に土方がぽつりと言っていたのを覚えている。もう何年も前の話すぎて、思い出すと頬がこそばゆい。そんなこと覚えてねーでもっと建設的なこと考えろとか土方ならきっと言うだろう。
寝る前に携帯を確認したが、結局何も連絡はきてなかった。てめーの都合でダメにしたんだからごめんのひとことくらい言ってくりゃいいのに、銀時はため息を吐いて、電池の残りが72パーセントになってしまっている携帯を充電コードにつなぐ。充電中の赤いライトが闇の中でぴかぴか光っている以外、何も明かりはない。ほんとなら土方があのまま泊まって行く予定だったから掃除とかも気合い入れてしてたのに、
タイマーをセットしたエアコンがふわふわとあったかい空気を頬まで届けてくる。ほんとなら、こんな風にエアコンなんかしなくたって、熱い夜だったかもしんねーのに。気合いを入れて干したおかげでいいにおいのする羽布団を頭までかぶって、銀時はあれこれ余計なことを考えないように羊の数でも数えることにしたけど、結局訳解らないまま変な夢をみた気がして、でも起きた時には忘れてしまっていた。

休日出勤までしてゲットした半休なのにひとりぼっちじゃ全く意味なかった。本当なら土方は今日お休みで、銀時の家で待っていてくれて、もしかしたらお昼の準備とか、しててくれたかもしれないのに。それから土方の家の方が広いから、──ベッドはセミダブルだし(銀時のたっての希望で)──クリスマスを祝うために、ふたりで荷物を持って六駅移動して、それで朝まで一緒にいる予定だった。銀時の会社の仕事納めは27だから、そのまま土方がお許しをくれたら土方の家に居座って、すてきな年末になだれ込んだりできちゃうんじゃね?なんてそっと思ってたところだったのに。
ケーキは土方の名前で予約をして、ひきとりの半券も土方が持ってるから、まずはそれを買いに行くところからだ。ケーキ以外の食べ物類は当日調達の予定でいたのは今考えたらラッキーだったかも、そうでなきゃチキンレッグ二人前をかかえて、ひとり悲しいクリスマスを過ごすところだった。
半休ナシでいいです、 そう言った銀時に上司は怪訝そうな顔をしたけれども、三連休あけでクソ忙しかったことは事実なので、帰っていいとは言われなかった。その代わり残業なし、定時で上がっても何も言われなかったが。よっぽどへこんだ顔をしていたらしい、鏡を見なかったから銀時に解るわけもないが。何かあったんですか、とインターンで幼なじみの新八にまで言われたところで自分の顔色を確かめるのもいやになってしまったのだった──何かあったのかって、あった、そりゃあ。
しょんぼりしながらケーキを買うためにデパートに行った。土方とケーキを予約するために来たのと同じ店に行ってしまったのは偶然だ、ちょうど、会社から近かったから、いちばん。駅前に三つもデパートがあって、その中から選んだだけ、単にそれだけだ。深い意味なんかない。甘いもんは好きじゃないけど食べ物を粗末にするのが嫌いな土方が引き取りに来たりするんじゃないかなとかそんな妄想をしてしまったわけじゃないし、絶対、ちがうから。
かわいらしい雪だるまがにこにこ笑っているチョコレートケーキを選んで、万札しかなかったのでそれを渡した。お持ち歩きのお時間は、と訊かれたので一番長く、と返事をした。二時間ぶんですと言われて、人でごった返しているデパートの中を、そっとケーキを抱えるようにしてあるく。駅もデパートも手をつないだ彼氏彼女でいっぱいで、銀時としては顔を上げる気にもならない。きれいなイルミネーションがぴかぴか光って、節電の冬なんてうそみたいだ。
都心に向かう路線とは逆だったせいか、銀時が乗り込んだ電車は空いていて、ちょっと待ったらすぐに座れた。かばんを脚の間に、ケーキを両手で抱えて座る。両手を使ったのは、携帯を確認したいとかへたなことを考えないようにするためだ──多分電話なんか来てない、メールも来てない。その事実を再確認してへこんだりしたくない。クリスマス、アニバーサリーだよなって何気ないふりをしながら言ったら、土方だって照れてたようすだったのに──くそ、今はその話はしたくない。でももし、銀時が携帯をちらりとでも見ていたら、話はたぶん違うところへ腰を落ち着けていただろう──。

引率って言ってたから、多分土方が帰れるのは夕方になるだろう。おそくとも六時、もしかしたらずっと遅くなるかも? 解らないけど。引率、って言って隣の市に出かけていったら他の学校の先生と飲み会に連れて行かれてすげー遅くになったってこともあった、前の話だけど。土方がまだ新任とかで、飲み会を回避する能力がまだ全然、今とは比べものになんなかった時の話だけど。
終わったら、土方はケーキを引き取りに行くんだろうか。それから、あの小生意気な沖田くんとかいまいましい近藤とかと一緒にクリスマスを過ごしたりする? 俺たちがつきあってることはもちろん知ってるけど、土方がうんといったらふたりは喜ぶだろう。昔子どもの頃はそうやってクリスマスするのが毎年の行事だったって言ってたし。ちっちぇーけど、とかって言って俺と食べる予定だった、ホワイトチョコのフリルが踊ってるかわいいケーキをクリスマス・ディナーの末席に加えたりして、一緒に過ごすんだろうか。門下生でかわいい女の子とかもしかしていたりしたら、どうしよう。だらだらととりとめのない思考は続く。
土方も銀時も元々はおとこが好きだったわけじゃない。なのになぜか、どうしてか、こうなった。自分たち以外の男にこうなるかって言うともちろんそんなこともないし、合コンにたまに呼ばれるとしたら女の子がかわいいと思う。万が一同じ席に土方と同席することになったら土方以外銀時の目に留まることなんかあり得なかっただろうけど。
帰りにコンビニ寄って、シャンパンは買えないだろうけどスパークリングワインでも買ってこう、ビールのストックはまだあるけど、ひとりぼっちのクリスマスでもそのくらいしたっていいはずだ。今は缶入りのワインなんかも買える時代、独り身にやさしいすてきな時代だった。きれいなライムグリーンの缶を二本買って、それからセブンのローストチキン(これも二本いりしかなかった)とポテトフライ。わびしいと言いたいなら言うがいい、でも独り身のむなしいクリスマスの夜を過ごすにはちょうどいいと思ったから、銀時はそれだけ買って、あとかわいらしいケーキの入った箱を揺らさないように気をつけながら駅から歩いて十分の道のりを、そそくさと早歩きで帰る。とっぷりと夜は暮れて、悲しくなるくらい寒い夜の真っ黒な闇の中だ。かしゃかしゃと脚に触れるビニール袋がかなしい。肉まんでも買ってくりゃよかったかも、

エレベーターのボタンを押してしばらく待っていたが、銀時の家がある四階からちっとも下りてこない。誰か上の階の人間が呼びでもしてるんだろうか──諦めて非常階段から行くことにした。そっちの方が家としては距離が近い。とん、とたん、と銀時の足音がむなしく冷たいコンクリートに響く。
立て付けの悪い鉄のドアを大きく開くと、すぐそこが銀時の部屋だ。入って、はやく暖房でも付けて、悲しくなる前に飲んだくれて寝ちまおう、
「ひじかた」
家の前にすらりと足の長い、誰かが座っていた。誰かなんてもったいぶって言わなくてもすぐに銀時にはそれが誰なのか解って、考えたりする前にもう口から音になって出ていた。土方だ。黒いウィンドブレーカーを着てる。土方の受け持ってる剣道部が関東大会に進んだとき保護者からのカンパでみんなおそろいで作ったやつだ。背中に銀魂西中ってローマ字が入ってて、フードのふちにもこもこした毛がついてる、背中のロゴさえなければちょっとしゃれたやつ。
「──さかた」
俺たち、十年つきあってんのになんで名字で呼びあってんだろ、 不意にそんなことを思った。しかも土方、合い鍵持ってんのに。この格好じゃ、部活が終わるんなり飛んできたってことだろ、きっと。廊下についた手が寒そう、指先が真っ赤になってて痛々しい。男のくせに土方は末端冷え性だから、もこもこした靴下とか手袋とかないと冬は外に出るのがしんどそうなのに。
不器用でみっともない、年甲斐のない長い沈黙のあと、土方がやっと口火を切った。ケーキねえと思って、 それら、銀時の手にあるビニールの袋と、その反対の手に持ったケーキ箱以外のなんでもない白い箱を交互に見、それから最後にもういちど銀時の顔を見た。土方は無表情だった、少なくとも一見して、そんな風には見えた。が、こんな目をして見せられたら何も言われなくても十分だった──少なくとも、銀時にとっては。
「ケーキ二個とか」 すげー贅沢、 それだけ言って、銀時は片手に荷物をすべて持ち替え、空いた手を土方に延べた。今まで大事に持ってきたケーキが傾いてしまうかもしれなかったが、構わなかった。それどころじゃなかったので。


20121224

クリスマス!