おめーに一言、言っときてーことがあんだけど。
酔ってとろんとした目をした万事屋がもそもそと喉に絡んだ低い声で言った。居酒屋ですらない、屋台で聴くなんて思いもしないかったので、正直その声音にびっくりした。なんだ、急に。どぎまぎしながら俺が言うと、じとりとそのほの紅い、ふしぎな目が俺を見た。もの問いたげな目、 ?
「おめーの名字、読みにくいんだよ、まじで」
は?
なんか今更すぎて上手く反応できんかった。んだそりゃ。けんか売ってんのか。注文してから少し経ってるはずなのに熱燗はまだずいぶん温度が高くて飲んでからびっくりした。あち。 もう三合目だから酒を飲む手は最初よりもかなり遅くなってる。ごくん、とぐい飲みをあおった万事屋の喉も同じようにぐび、とひとつ上下した。その一瞬だけ目を反らしたけど、またこっちを見てくる。酒が回っていつも眠そうな目が更にとろんとしてるけど、その目が真剣なのはいちいち言われなくたってわかる。長いつきあいだし。しゃっくりでひくん、と肩を跳ねさせてもなお、こっちを見つめてくる目の強さは変わらない。
ここでやっと血が頭に巡って、何を言われたのかっていうか、意味が脳みその中でぐるっと一回りした。てめー。
「ンだと、コラ。その天パに言われたくねえ」
「今天パ関係ねえし! てか、人の身体的特徴をあげつらうなっておかーさんに言われなかったのかよ?!」
「他人の名前にケチつけるやつに言われたくねえ」
そう言ってたばこに火を付けようとライターを探ったが、屯所においてきちまったのか、見つからなかった。くそ。こんな時に。
そしたら、横から万事屋がさっと火を差し出した。マッチだ。いつ擦ってよこしたものか、スマートな動きだった。
消えちまうぜ、と目線で言われて、どういうつもりなのか解らないまま咥えたたばこを近づける。俺がひとつ息を吸って火がついたのを確かめてから、万事屋は短くなったマッチをふた振りして、燃えかすを灰皿に落とした。
「だからさ」
「何がだから、だよ」
解るように話をしろ、そう言うつもりでいたのに、いつの間にか伸びてきてた万事屋の手が空いた俺の左手をつかんできたので、言葉は音になる前に消えてしまった。手を逃がそうとして引っ張るけど、酔っぱらってるくせに万事屋の力は変につよい。
「だからさあ、坂田さんになっときなさいって、俺の名字使っとけって言ってんの」
そう言って、またぐびっと喉をひとつ鳴らした──万事屋の、緊張した時のくせ、もしくは感極まった時と言ったっていい、 捕まれた手が熱い。指先が心臓でも乗り移ったのかって思うぐらい、どきどきと脈打っている。
えっ。俺は長々と沈黙していっぱいあれこれ考えてみたけど、やっと言えたのはそれだけだった。



20121227
ツイッターで見た「おめーの名字読みにくいから俺の名字使えよ」ってプロポーズに萌えたけっか