ねむ、ねみ、思わず口からぽろぽろ出そうになるあくびをかみ殺して何か違うことを言おうとしたら、やっぱりそれ関連だった。さすがに三日寝てねーってのはやばい、人間って三日だか四日寝てないとしぬんだか、頭へんになるんじゃなかったか。テレビで見た。
年末、クリスマスからこっち、くそ忙しくてろくに寝てる時間がなかった。あの近藤さんですらストーカーに行くのをちょっとだけ諦めてまじめに仕事をしたくらいだ。総悟は、なんか相変わらずだったけど。まあいつもよかずいぶんましにまじめに働いた。
上さまの特別警護だなんだと引っ張り出される回数がクリスマス以降の二週間で三回、元々少ない非番がそれでつぶれて、あとは年末年始のお祭り騒ぎに乗じたテロ特別警戒のための特別シフトが増し増しで、ついでにインフルエンザで倒れた隊士の穴埋めをしたりなんだりしていたらこんなことになっていた。ちょっとおまけして二日と半日寝てない。さすがに目がしょぼしょぼして携帯の画面を見るのもうんざりってなったところで、やっとこ今日のシフトが終わった。今日の正午から三日後の正午までお休み。短いけど年始休みだ。近藤さんが決めた。正月休みなんか当然きっかりとれるわけもないから、いつも少し早めにか、もしくは少し遅れて順番に休みをとる。そのあと二日働いて、また一日休みがある。もう三日間まるまる寝ちまいたいくれーだな、そう思いながらもそもそ出先から歩いて帰ることにした。たばこに火を点けるとふわ、と煙がまっすぐ立ち上っていく。風も吹いてない、寒いけどいい日だ。帰って寝てメシ食って風呂に入って、 今日はまだ朝から何も食ってなかったから腹減ってるけど、とりあえず今は寝たい。風呂にも入れてなくてざっと頭流しただけだから髪もべたっとして気持ち悪いけど、今風呂入ったりなんかしたら多分風呂ん中で寝ておぼれたりしそうだ。あーでもやっぱ腹減った、昼時の街を歩いてるとランチタイムのせいか、あちこちからいいにおいがして来てぐう、と腹が鳴った。やっぱどっかで食ってこうかな。ちょうどいつもの定食屋も近いし、

「あれ、れー、副長さんじゃん〜」
そっちへ足を向けた瞬間横からぐいと引っ張られて、酒くせーなと思ったら万事屋だった。「あけおめー、なんか全然見んかったけど」
「くっせーなてめ、こんな時間から飲んでんのかよ!」
働けこのニート! そうわめいて身長が一緒くらいなせいで真横を向くとそっくり同じ高さに赤っぽいふしぎな色をした万事屋の目がある。こんな近くでやつの顔を見る時なんか滅多になくて、――つうかそんなシチュエーション、一種類しかないのに──思わずそわっとした俺の気配なんか、したたかに酔っているらしい万事屋にはちっとも解らなかったようだ。あーそこ訊いちゃう? と言ったやつの腕がぐいと俺の肩に掛かって、そのままぐいぐいと引っ張って歩き始めた。どこ行くつもりなんだか知らねーけど、つうかなんだこの酔っぱらい、馬鹿力め。
「初出しフェアでさあ七の日でえ、行ったらまじすげー当たっちゃって。確変連発で二十箱も積んじゃったんだよねえ、こないだ」
万事屋はへらへらとそんな調子でしゃべりまくった。俺としては確変とかんだそれ? ってところなのだが、つっこんでも面倒なので黙って聞いていた──とにかく、酔っぱらいの話の要点としてはその日、七日か。行ったら閉店間際だったこともあって玉が出切る前に閉店時間になっちまったんで、今日も行って、朝から打ってきたらしい。まじでちっとは働けよと言おうとしたとこで、まるでそれを予測してたみたいに万事屋がぐいと俺の肩を押した。
「でさあ、」
急だったもんで対応できずに、俺はどすんと背中を壁にぶつけてしまう。わ。まぬけな声が漏れて、何しやがると言うより先に、口をぶつけられた。今度はなんだ。目が、またすぐ傍にある。いつも見るのと同じ距離だった。俺が知っている一種類の意味で(多分)、万事屋の顔が近かった。かたくなにやつのことを屋号でしか呼ばない俺に向けて、そうじゃなくてさあ、と時々甘ったるい声を出す、その距離で万事屋が言う。「こっちも初出してーなって銀さんとしては思うんですけどォ」
「は、」
ちゃらんぽらんな調子で言うのに反して、万事屋の赤い目はぎらぎらとしていた。目の奥で欲情の炎が燃えてるなんて言ったら文学的な響きに聞こえなくもねーが、要するにやりてーだけだ、いい年して。しかも年始から遊び歩いて、働きもしねえやつが働きすぎでくたくたの俺をやりてえって、なんかずいぶんな話な気がして正直むかっ腹がたつ。
「離せ、俺はそんな気ねえよ」
「えー、でもさあ」
おめーのこれ、半勃ちしてね? そう言ってぐいと股間を握ってくる万事屋の──なんなら不埒な、と付け足してもいい──手がスラックスの上からそこをまさぐってくるのに思わず小さなうめき声が漏れる。くそ。確かに、溜まってる。自家発電すらする暇がなかったうえ、俺たちが会うのも久々だ。この間だって矢継ぎ早に時間を惜しんで一回くれーしかしなかったし。なあ、万事屋が甘ったるい、でも低いふしぎな声音で言う。
「っるせーな、忙しかったんだよ!」
「知ってるって、こないだ言ってたもんな。いいよ、銀さんが面倒見てやるよ」
そう言ってスラックスの前あきのジッパーを器用に人差し指と中指でつまんで引き下ろそうとしてくる手を掴んで引きはがす。いつもはしつこく追いすがってくる手が、わりとあっさりと離れていった。その代わり、もう片方の腕がぐるりと俺の腰に回って、ぎゅうと抱きしめてくる。ちょっとだけ開けられてしまったジッパーの隙間からひゅうとすきま風が入ってくる気がして、慌てて引き上げようと手をやる。のを、また掴まれる。
「や、めろアホ! どこでやる気だ!」
「だって我慢出来ねーんだもん、初出しだっつってんじゃん、俺も」
うそ吐け、そう言いたかったが口は動くよりも先にふさがれて、甘ったるい酒のにおいがする息が俺の中に入ってきた。せめてどっか、てめーん家でも連れてけ、さんざんパチンコで勝ったって自慢してんならホテルにだって連れこみゃいいのに、なんでよりによってこんなきったねえ路地裏で。そう思っている間に口んなかに万事屋の舌が入ってきた。あわてて顔を引いたが、もう遅かった。初動の遅れが死につながるんだって俺ァさんざん隊士に口酸っぱくして言ってきたはずなのに。今生き死にの話をするのは無粋かもしんねーけど、俺はああ、とため息を吐きたい気持ちでいっぱいだった。万事屋は手が早い。もてねーもてねーって言うけど、確かに女うけのいいタイプじゃない気配はするが、やることはやってきたらしい。他のヤローの閨での手管がどうこうって比べる相手がてめーと、それから万事屋くらいしか知らねえし知りたいとも思わないからまあアレだが、決して下手でもない。…少なくとも俺にとっては。


寒いと訴えたせいなのか、下半身はむき出しにされたが、上半身は裸にはされなかった。かろうじて、と注釈がつく上、万事屋が汚しやがったせいでいっそまっぱにされた方がよかったんじゃねーかっていうオチがついたりもしたが、まだその結論を出すには間が必要だった。ひたひたと触れてくる手が熱くて、離れられるとその隙間にひやりとした空気が入り込んで、俺に息を飲ませる。
酒を飲んでることももちろん関係してるんだろうが、いつも万事屋の手はあつい。心が冷たいやつは手が熱いのだなんてろくでもない風説を俺に教えたのは確か総悟だった。そう言いながらひやりとつめたい手で俺の首根っこに触れて、「だから俺は心優しいんでさあ」と言ったから総悟が言ったせりふが正しいのかどうかは知らない。だが、万事屋とふれあうたびにそのことを思い出すのは確かだったーー言ったことはないが。

「かたくなってる」 と万事屋が変に嬉しそうな声を使ったのは、いじくられて立ち上がった俺の性器についてじゃない、後ろの、男同士で寝るにあたって俺がどうしても使わせられなきゃならない穴についてだ。尻を撫でた手がするりとそこを撫でて、俺はひくりと体を震わせ、肩をこわばらせた。「力抜いて、ひじかた」
後ろから覆い被さられるような格好で、万事屋は俺の尻に手を這わせている。だらだらと体液を漏らす前をひと撫でした指先がぴたぴたとそこへ触れてくる。気味の悪い感触だ。何回も体験してると言ったら大げさだが、でも残念ながら事実で、万事屋と寝るのは初めてじゃない、二度目でも、三度目でももちろんない。両手両足を使ったって足りなくて、俺もそうだし、多分万事屋もこうして寝る相手に互いを選ぶことに戸惑わなくなってくるくらいにはつきあいも長くなっている。今までさんざんけんかもしたし、中には痴話げんかとしか言いようのないものもあって、こうやってセックスすることで仲直りをしたなんてことも、一度や二度じゃきかない。だのに、時間が空くとそのたび俺は生娘みたいにかたくなって、万事屋を喜ばせてしまう。畜生、
「う、」
肉を叩いて柔らかくするように、もしくは穴を掘る前にそこを見定めるかのようにひたひたとそこを撫でていた指がいったん、離れて、それから覚悟を決めたように指先が肉の襞を開いて中へ少しだけ潜り込んできた。セックスの動きを浅く再現するみたいに指先が俺の穴をいじくって、それを繰り返すたびに少しずつ奥に入ってくる。万事屋の肉の感触を忘れたそこに、もう一度自分のものを教え込もうとするみたいな動きだ。そんなことを考えて、俺はひくりとまた体を震わせてしまう。
一度ずぶりと指が奥まで埋まったかと思ったら、入れたときよりもよっぽど時間を掛けて抜けていった。そうされるのに慣れているとはいえ、元々そういう風に使う場所じゃないから、久々だということも相まって違和感も圧迫感もものすごかった。
「あ、う」
と、何をされるのかと思ったら今度入ってきたのは指じゃなしに、舌だった。さっき口の中を甘ったるくしていった万事屋の厚ぼったい舌に後ろをおかされて、腹の奥までなめ回される。気持ちよさと物足りなさが同時にこみ上げてきて、変な声が出そうになったのを懸命に口を噛んでこらえた。はあはあと走った直後みたいに熱い息がこぼれて、そう寒くもないのに気温との温度差で白く染まっている。
俺のそこがぐじゅぐじゅといやらしい音をたてるようになるまで舌と指でかき回されたあと、万事屋のかたくなったものがそこへと押し当てられた。立ち上がったその熱とかたさを思い知らせるように、むき出しになった俺の太ももに、まるで疑似セックスをするようにぐいとそれを押し当て、そのあとぐずぐずにとかされた場所へと触れてくる。
「力抜いとけよ」
真正面から足を抱きかかえられるようにして向かいあって、じわじわと万事屋の性器が入ってくる。じわじわと先を埋められて、指でしたみたいにすぐ引き抜かれ、何度もそれを繰り返される。濡らされてはいるもののかたくななままの俺の穴の奥が、もっと、と引くつき始めるまでにそう時間はかからなかった。いつもならもっと強引に奥までねじ込まれて、嫌ってほどそこをいじられ、責められて、さんざん泣き声を上げさせられてもおかしくないころなのに。
「うだうだ、やってんじゃ、ね」
「だって、これ姫始め、だろ」
ゆさゆさと中途半端にくわえこまされた状態で揺すられて、いじってもらえない奥が物足りなくて切ない。そこがひくついて、かたい肉をほしがっているのが解って浅ましさに泣きたくなる。まだ慣れてなくて一気に入れられたら怪我をするかもしれないが、覚えてしまった気持ちよさを中途半端に思い出して、放り出されている方がつらかった──万事屋にも、きっと伝わってしまっているだろうに。
「いいから、も、っ、…」
はやく、せがむように万事屋の腰に絡めた足でやつを引き寄せると、ぐっと万事屋が息を飲んで、赤い目の奥でなんでか、ちょっと切なそうなかおをした。そのくせ俺にくわえさせた性器がふくらんだみたいに感じるんだから、男ってやつは、
「あっ、あ、あ、ン」
ずぷずぷとリズミカルに突き上げられるのにあわせて、万事屋が口を吸ってくる。吐息だけで名前を呼ばれて、なんだか年始めに寝てるだけで、やりてーだけっていう口実を忘れて、甘ったるい気分になりそうで変な感じがした。情を通い合わせたふつうの、恋人どうしでするセックスみたいに、万事屋の背中にしがみついた。抱きしめ返された腕が温かくて、なんだか滅多に呼ばない、万事屋の名前くらい、今年は呼んでやってもいいかもしれない、と思った。……時々は。



年の初めの

20130109