万事屋のクリスマスは26日の予定で、土方の休みは25日ってことだった。珍しーね、と俺が言うと土方はすっぱ、とたばこの煙を吐いててめーこそ、と言った。確かにそうだ。両方珍しい。
万事屋でやるささやかなクリスマスパーリーの予定がクリスマスイブも当日も外してあるのはお妙とババアとかの店の予定があるからだ。店自体はクリスマスから年末にかけて連チャンで休みなしらしいんだけど、クリスマスの二日間を出勤するんだからとお妙は26日の休暇をもぎ取ってて、ならその日にやろうってことになったのだった。ババアも早めに店を閉めるつってた。
土方の方はほんとにたまたま、休みが25にぶつかっただけ、らしい。なーんだ、俺がいるからつって休みとってくれた訳じゃねんだ、と呟いたけど土方は顔色ひとつ変えず、またふんと息を吐いただけだった。でもちょっとだけ耳の縁が赤くて、俺としてはなんかもうそれだけで十分だったっつーか──でもこの話が出たのが十二月のあたまで、それからほぼ休みなしだっつー真選組のシフトについてはどうなってんだって感じだけどね。とにかく、25日まで会えないって言われたんで、ふたりで会える次の機会、つまりはクリスマス当日の予定をざっくり決めた。

土方の休みが始まるのは25日の正午から24時間。俺ァちょっとやることあるから十二時丁度はむりだと思うが、と土方。言われなくてももう十分よくそのことは知ってる。やること、つーか書類処理な。昼抜きで来てくれたとしたって多分三時にはなっちまうだろう、いつものことだからもうそのこと自体にはあれこれ言うつもりはねーけど。しかもそれ、めっちゃ短く済んだ場合な。突然余計な仕事を増やしたりする頭文字がOの問題児がぎゃあぎゃあ騒いだりしなかったりして、するっと全部ストレートに終わった場合の話。
まあとにかく、そのくらいなら俺も飯食わねーで待ってられるから、昼寝でもして土方を待つとして、合流して、飯でも食って、いちゃいちゃしたりして、それから土方が買ってきてくれると言ったケーキとチキンを食って、またいちゃついたり? 土方がさせてくれるなら、して、それからゆったり寝て。予定を立てるったってそんなもんだけど、俺も俺で一応部屋ん中片付けしたりガキどもに家を空けてもらう言い訳を考えたりしないとなんねーし。話を決めて、いちゃいちゃして、それからその日は別れた。かなり先の話だけどクリスマスが楽しみだな、なんて考えながら。

お互い住んでる家があって一緒に住んでるやつが個々にいるんで、今までおうちデートって、泊まりじゃしたことはなかった。土方が時々うちに来て飯食ってったり、逆に俺が土方んとこに上がりこんだりすることはあったけど、一晩中ゆっくり一緒っていうのは初めてで、実は俺はそっと浮かれてた。ふとんもじっくり干したりシーツを洗ったり新しいティッシュを開けたり、しかもとっときの、パチンコの景品であてたやわらかティッシュだ。いざって時ようにそっと大事に隠してあったのを出してきた、これでいっぱい土方の大事なとここすったりしても鼻噛みすぎた時みてーに痛くなったりしないように。あとゴムも、いつ買ったんだかわかんねーやつをだらだら使ってたけど、新しくちょっといちごのにおいつきなんていうのをしゃれもふくめて買ってみたりした。ローションもおそろいの、舐めても平気なのを見つけて買った。スイートな夜の演出ってやつ、土方はたばこのにおいとかのがリラックスするとか、かわいげのないことを言いそうだけど。準備に気合いが入りすぎてこたつ布団まで干して、神楽にすげー文句を言われたけど、俺はへらへら笑ってしょうがねーだろ俺の幸せのためなんだから、とか言ってごまかして、さて当日だった。



「行けねーって、なんで」
「だから、(ザザ、とここで雑音)…インフルで」
「あ?」
「総悟がインフルエンザなんだよ」
急にクリアになった音のうしろで、ざわざわと人の声が混じって聞こえる。雑踏の音、ガヤ音、なんでもいい。人の多いとこに土方がいて、あわてて電話でもしてきたってとこなんだろう。沈黙の間に診察室へ、とか言ってんのが聞こえたからインフルにかかった沖田くんつれて病院にでもいるんだろうか。おめーほんと沖田くんに関してだけ変に過保護だよね。近藤についてもだけどさ、
最近はクリスマスに浮かれてばかをやらかす連中が多い、攘夷志士だけでなしに飲んだくれてさわぐ皆さんが増えてるっていうダブルの意味で、土方はひとまとめにそう断じた。イルミネーションとかも増えてるし、去年はターミナルの近くにイルミネーション広場がつくられて、冬場のデートスポットになってた。そこに去年偽物の爆弾をしかけた阿呆がいて(これも土方のせりふ)──リア充爆発しろってやつだな、と銀時は思った──今年はそんな騒ぎが起きるより前に防ごうと、真選組が警護にあたることになってた。警備はするけどカップルのみなさんの邪魔にはならないように、あとお子様連れを怖がらせることもしないように、ついでに好感度も稼いじまえってことで仮装して、土方とかきれいどこはサンタさん、近藤はトナカイだって(まあ妥当だよなって俺としては思う)。
「サンタ着るだけだろ? 変わってもらやいいじゃん、そんなん」
「……なんかあったとき、戦力に不安があんだろが」
困ったようなため息のあとにそう言われた。しょうがないだろって言い聞かせたい時の土方の声だ。甘い夜(色んな意味で)になる予定だったのに、今最高に聴きたくなかった声すぎてなんかもうがっかりを通り越していらっとした。おとなげねえだろとか言われてもしょうがない。確かにそうだ、俺の方が年上だし。分別をもてと土方も言う、俺もそう思う。その余裕があれば。暇なやつがいそがしいやつの予定に合わせるべきだ、頭ではその理屈が解る、そりゃそうだ。土方は忙しくて、俺はそうじゃない。土方の仕事は鬼みてーに忙しくて、ついでに土方は仕事中毒だからだ。鬼の副長ってのは仕事ぶりについても触れてるに違いない、その呼び名を最初に使ったのは普段から追っかけ回されてるヅラたち攘夷志士じゃなしに真選組のやつらにちがいない。

「…いつ来れんの」
「早くても、よる」
土方はやさしいけど残酷だ、こういう言い方をするってことは、多分遅くなっちまうのが解ってるってことなんだろう。そう解ってるけど俺がどんだけ今日を楽しみにしてたか多分ちょっとは解ってくれてて、気を遣ってくれたんだろーな、きっと。さすがフォロ方くん。通じねえけど、俺には。一朝一夜のつきあいじゃねーし。
「わかった」
それ以上長くしゃべったら余計なことを言っちまいそうで、俺はぐっとがまんした。年上で暇な俺のできる精一杯の譲歩だった。土方は来たくなくてそう言ってるわけじゃない。さっき話してた時もすごく申し訳ないって思ってくれてんの解ったし。土方は仕事がらみのポーカーフェイスはうまいけどプライベートじゃからっきしだ。俺の方はわかりにくいってよく言われるつーか、よくそういうんでけんかにもなるけど。
土方はよほど急いでたのか、悪ぃ、と最後に言うなり俺の返事を待たずに電話を切った。
俺はしばらくつーつーとかなしい音を立てるだけの受話器をじっと見つめたあと、諦めてそれを元に戻した。それから、テレビをつけた。クリスマスで江戸中がはしゃいでるようすがどのチャンネルをつけても流れてる。街頭インタビューはお父さんに肩車してもらってる子どもとか、その横でにこにこしてるお母さんを映し、それからマイクは長いふわふわのマフラーをふたりで巻いたカップル──おそろいなのか一本のを半分こしてんのかは不明──。また変なもんを抱いてるハタ皇子。今日明日はよいお天気でしょうってにこにこ笑うアナは初めて見る顔だった。すげーかわいい。こんな美人に彼氏がいないわけないよな。彼氏も俺みてーに待ちぼうけ食わされてんだろうか。それとも昼間の当番だから早くあがれる予定で、すてきなディナーをする予定とか? そうかも。もしくはディレクターとつきあってて、この番組が終わったらスタジオえっちとかしちゃう感じだったりするのか。どれにしたってうらやましい。今の俺から比べたらみんな幸せにちがいない。こんなんなら、ケーキ売りのバイトでも引き受けりゃよかった。なんならチキンでも。前に一回引き受けた時神楽が空腹に耐えかねてチキンを食っちまって速攻クビになってから食いもん系のバイトは避けて通ってたんだけど。寂しさってやつが体を凍えさせる。


気づいたらソファにぐたっとしたまま寝てた。いつの間に陽が落ちたもんか、こたつに潜り込んでおくべきだった。さみー、口に出すと余計寒さが増す気がする。もそもそと移動しながらテレビを見る。
イルミネーションに丁度点灯されるとこ、せっかくだからってカウントダウンをしてるとこだった。昼間のテレビで見たカップルがいた。彼女が嬉しそうに飛び跳ねながら数かぞえてて、彼氏とも手をつないで、それをぶんぶん振り回してる。横っちょにカメラが移動して、ちらっと赤いサンタの格好した土方がうつった──あ、と小さく声が漏れる。それから、テレビの右上に表示されてる時間を見た。五時になったとこ。土方のいう、「よる」にはまだまだ時間がかかるだろう。
土方は不機嫌そうな顔をして、きらきらぴかぴか光るツリーのいちばん上に据えられた星を見ていた。たばこ吸いてーなって顔をしてる。いくらイケメンだっつったって、そんな嫌そうな顔してちゃだめだろって俺はいち視聴者として思うけど──だってイメージアップキャンペーンも兼ねてんじゃねーの──、でも同時に、こんな顔してちゃ女の子は寄って来づらいだろな、男ももちろんそうだよなって思って、ちょっとだけほっとしてしまう。こんなさむい夜に外で頑張ってる恋人を応援するにしきれねーでいるのは、もしかしたら不謹慎なのかもしんないけど。
そんなことを考えてたらカメラがまたさっきのかわいいアナウンサーを映した。もこもこの耳当てをしてる。外はよっぽど寒いんだろう。土方の吐く息もまるでたばこでも吸ってる時みたいに真っ白だった。遅くまでごくろーさんです、いやみっぽく言うならこんな感じ、俺以外誰もいねーから言っても意味ねえし、言わないけど。
そういえばまだ昼飯も朝飯も食ってなかったし、ふとんをまだ干したままだ。取り込まねーと、むしろ冷えちまってふたりして風邪を引くはめになるだろう。もうちょっとこたつで体が温まったら、足があったまって、寒い寒いって言わないでも大丈夫になったら。
「──万事屋」
こたつの天板にうつぶせてもぐもぐ言ってた俺の背に、冷えた指が触れた。どてらを着てても冷たいってわかるんだから直にさわったらよっぽどだろう──細い指が肩の骨のくぼみにぎゅっと差し込まれて、感触を確かめるのがわかった。「よろずや」
まるで歌でもうたうみたいな、やさしい声音だった。そんな声で呼んでくれたことねーじゃん、夢うつつで俺はそんなことを考えた。どんだけ寝起きでふわふわしてるときでも、そんな甘ったるい、子どもに向けるみたいな声、土方は使ったことない。
「起きろ、ボケ」
そう言って後ろ髪をちょっと引っ張られてもまだ俺はちょっとぼんやりしてた。あれ、でも今なんか痛かった。つーかボケって。もっと優しく言ってくれよ、せっかくなんだから、こんな夜だし。
「おい」
またちょちょっと髪をもてあそぶみたいにして引っ張られて、ふかっと息を吐いた。もったいぶるみたいにのろのろと背中を振り返ると、赤いほっぺたをしたサンタさんがいた──土方。その名前をまるであめ玉のように舌の上でころがす。
「どしたの、はえーじゃん」 寝てたせいで口の中が乾いていて声がうまく出せなかった。ごくんと一回唾を飲んでからそう言うと、土方は近藤さんが、と言ってから、はあとひとつため息みたいに言葉を句切って、つづけた。「近藤さんが変わってくれた」





20121224-27

がんばって玄関先でことにおよぶホモにしようとしてたけど多分この先書かない気がしたのでさらしてみる
続きは思いついてるのでこんどつけたす