今年の俺はストレートに行くよ、 なんかどっかのまんがみたいなせりふだななんて土方に思わせたことなどつゆ知らず、銀時はそう宣言するなり、ばっと手を突き出して言った。
「せんせー、俺にチョコちょうだい!」
ストレートで行く宣言をしたその頭はくちゃくちゃの、いつも通りの天パだ。しかも授業中寝てやがったもんだから寝癖までついてやがる。おでこに前髪、はっついてんぞ。そう言いたかったが、土方はがまんしてやった。かわいそうに。性根からねじくれてっと、
「えってか先生、無視なの。つかちょっ、どこ見てんのォオオ!俺の顔こっち!もうちょい下!」
「え、ああ。わるい」
銀時がぱっと近づいてきたのにあわててたばこの火を外に向ける。前もこうやって急に動いて、顔にやけどしそうになったことだってあるのにこの生徒はいつまでも懲りない。やけどしたらどーすんだオメー、そう言ったらどうしようねって言ってへらっと笑っただけだった。たばこの火の温度を知らないわけでもなかろうに。ヘビースモーカーが板に付いている土方でさえ、時々ぼんやりして根元まで火が近づいてきてあちち、なんてことがあったりする。しかも銀時はこの髪だ。うっかり引火なんかしたら、ものすごくよく燃えそうだ──
「先生、また何考えてんの」
言われてはっと我に返る。その、ほとんど目の前にあるほの赤い彼の目を見る。ふしぎな目の色だ。嫌いじゃない、でも素直に好きだ、とはなぜか言えない。
一回り以上も年下の生徒に対して土方はへんな意地を張りたくなる時があって、普段は大人の余裕というやつで銀時を手のひらで転がしている自覚はあるが(いちおう)、ときどき、こうして制御がきかなくなる。なんでもねえよ。煙を吐きながら言い、それで、と話を蒸し返した。「チョコだって」
「うん」
「あ?」
「…はい。ください」

一応土方が年上だから、寝るような関係になっても上下関係はある。たとえ土方が抱かれる側であったとしても、俺はおめーの担任だから、と言ってしまえばもう銀時はわかりましたと言うしかない。何かお願いをしたいときは、ちゃんとそれ相応の態度をとること。半年以上の時間をかけてやっとこのしつけの悪い犬に教え込むことに成功した土方は、よし、と鼻をひとつ鳴らす。
「俺のかばん持ってこい」
「え」
「はやく」
でけー方な。 銀時がさっとソファから立ちあがって、パソコンデスクの横にたてかけてあったかばんを持ってくる。開けてみろ、と土方は促した。はたして、銀時はふたつあるうち、手前のジッパーをあけた。
「せんせ、これ」
出てきたのは、手のひらサイズ、OLに大人気!とか言われているブラックサンダーだ。義理チョコの自販機なんかがあるとかって女子がわいわい言ってたので、銀時も知っている。えっ。銀時はさっきまでいつも眠そうな目をきらきらさせていたのに、とたんに大雨の中にほうり出された子どもみたいな顔になった。えっ。
「おっと、トイレ」
わざとらしくそう言って土方は席を立ち、言葉通り手洗いに向かう。しょげていた銀時がどーして?!光線を向けてきてたことは知っていたけれども、これはちょっとした意向返しだ。何がかって、それはまた別のはなしだけれども。
とにかく、この出来の悪い大型犬みたいな教え子に手を噛まれて、土方は去年一年間、大変な目にあったのだ。このぐらいの嫌がらせくらいかわいいものだ。手を洗って、いっそ鼻歌でも歌いたいぐらいの上機嫌を張り付かせ、リビングに戻った。


もどると、わかりやすく銀時は拗ねて、床に座ったままソファに顔を伏せていた。あーまえそんなかっこで突っ込まれたことあったな、 呟くと、びっくりしたみたいな目がこっちを見る。まさか土方がそんなことをするなんて思ったわけじゃあるまいが──別に銀時に、自分がされたことと同じことをしたいわけじゃない──。とりあえず、銀時は涙目で、普段眠そうな目がうるっとしていて、とんでもなくかわいかった。少なくとも土方にはそう見えた、けど言うとひどい目に合いそうだったから、言わなかったが。
「せんせい」
なんだ。土方はまたソファにどかっと腰掛け、テレビのリモコンをいじりながら答える。「せんせ」
銀時に目をやると、今まで土方にさんざん無体を強いてきた彼とは思えないくらい、しょげかえっていた。もう一押ししたら泣きそうだ。たとえば昨日まで近藤さんを連れ込んで、チョコの試食をさせてたとか、そういう話とかしたら。
かえる、と小さな声が言うので、わかったと答える。止めてほしかったんだろう、銀時の目がちょっとだけ土方の方を見て、何も言わずにまた伏せられた。
「その前に冷蔵庫見てけよ」
「いい、いらねー」
「いいから」
ひとり暮らしをしている銀時に、土方は時々食糧支援をすることがある。おかずを持ち帰らせてやったりとか、元はといえばそれが原因で、銀時を助長させた部分はある。おとこを落とすにはまず胃袋からって、男同士でも有効なんだな、土方の感想はのんきだったが、でもその通りだった。「だまって、行け」


むっとした顔を作った銀時は、でもおとなしくリビングを出、冷蔵庫を覗きに行ったようだった。しばらくして歓声が聞こえてくるんだろう、土方は照れくさくて、顔を伏せる。どうして、あんな子どもに。 銀時はいつだって知らない、さっき本当に、自分を振り切って彼が帰ってしまったらなんて、土方が心配でたまらなかったなんて、目を輝かせてリビングに戻ってくる子どもな彼は、絶対にしらない。




20130214
バレンタイン!