少し昼からは外した時間だったので、社食は思ったよりも空いていた。チームで回している連絡用のメーリスが届いて、見ると山崎だった。今から戻ります。土方は携帯をぱちんと閉じ、電子ロックを外して中に入る。
昨日の昼もカレー食った気がする、なんて思いながらカレーを選んで、小さな小鉢に入ったひじきの煮付けをとった。ちょっとして、「はいどうぞ〜」という声と一緒に土方の持っているトレイにどかっとカレーの皿が載る。──あともうひとつ。
「えっ、これ」
「はい、三百五十円ね〜」
サラダバーなんかで使うようなサイズのからの皿が置かれたかと思うと、チョコレート色をしたプティングがぺとぺとっと盛りつけられた。というか、チョコレート色というよりチョコレートそのものなんだろうが。後ろに列ができはじめたのにあわてて言われた通りお金を渡しながら、ぐるっと首を回して空いている席をみつけ、そっちへと向かった。盗み見てみるが、同じように何も言わずともプティングを盛られているやつはいない。


いや俺頼んでねーしつーかカレーの代金しかとられんかったけど、 そんなことをぶつぶつ考えつつ、ただで飲めるお茶をもらって、席に着く。なんでお茶は無料でコーヒーは有料なんだろうな、よくわかんねー。カレーを食べ始めながら携帯を開くと、山崎がさっきのメールのあとにまた連絡を投げてきていて、なんでも電車が止まってたのでちょっとかかるとかなんとか、 あいつ確か、今日はモノレールかなんかで行ったんじゃなかったか。止まった電車んなかか、今。マヨネーズをまぶしたチキンカレーを食みながら思い、同じチームの女子が「おつかれさまです」とか返信してるのを見て、また携帯を閉じた。
「お、ひじかた」
あらかたカレーも食べ終えて、ちょっとルーが余ってしまったのをどうするかなんて考えていたところだった。いきなり椅子を引かれて、どかっと誰かが座った気配がする。こんなことをするやつなんて限られてる、そう思いつつ土方は一応、横を見た。
「……」
「え、なにそのリアクション」
坂田、同じ部署のひとつ先輩、でも同じチームになったことも同じプロジェクトに関わったこともない。だが、どうしてか坂田は土方によくこうして絡んでくる。突っかかってくる、という表現の方が似合いだと思っているのだが──それはともかく。
ここ空いてっか、の一言もなしに坂田はもう座って、わりばしをぱきっと割っていた。どうやら今日はラーメンらしい。七味をとって、ぱかぱかと二度かけた。甘党のくせに、そう思いつつ土方はむっと口をひん曲げて、何も言わずにいる。どうせ坂田のことだ、そう言えば言ったで言葉尻をつかまえて「えーなに土方くん俺に興味あんの」とかなんとか言われて、あげく飲みなんかに連れて行かれて(前あった、不本意ながら、でも一回だけだ!)、土方の方が後輩なのに、おごらせられたりするからだ。
何も返事をしないでいるとずぞぞ、と麺をすすった坂田があらかた片付いている土方のトレイに目を滑らせ、あ、と言った。プティングだ。言わずもがな。

「え、おめーなにこれ、買ったの。食うの」
「ちげーよ、…おばちゃんが」
おばちゃんがくれた? んだよ。そう言うと坂田は一瞬ラーメンを食う手を止め、ふしぎな顔をした。土方が初めて見る表情だった──ぽかんとしているのに、なぜかちょっと目だけ怒ってる、みたいな? すぐに消えてしまったので幻だったかも。
ずるん、と麺を口におさめた坂田は口を動かしながらしばらくふうん、と考えて、飲み込んでから言った。「あのおばちゃん土方くんびいきだもんなーいやーイケメンは得してんねうらやましい」
いやみったらしいせりふなのに、なんだかいつもみたいに土方をいらっとさせる坂田特有の軽薄さがない。なんでか知らないが、言葉の端々にうなぎの小骨みたいなとげがちまちまとあるかのような。
「…得なんかした試しねえよ」 実際、そうだった。あれこれめんどうなことも多い。幼なじみの沖田ほどに土方が要領の良い人間だったら、確かに揶揄されるように「得をすること」もあったろうが。
「んなこたねーだろ。見てみろそのプリンだけじゃなしにカレーのルーの量! 標準の倍はあんだろが!」
「……いや、んなわけねーだろ」
否定したが、確かにショウガ焼き定食を食べた時みるからに豚肉の枚数が多いと指摘されたことがあったので(これは確か近藤に言われたんだった。土方は皿が偶然そうなったんだな、と思って、同じメニューを頼んでいた自分のと近藤のを交換してやった)、…いやでも今回もふくめて二回、偶然としても間違いのない数字だ。たった二回。
そう言うと、坂田は箸をチョコレート・プティングの盛られた小鉢に向けて「じゃあそれは何なんだよ! バレンタインだからって! こんなとこまでイケメンは勝ち組なのかよ!」
「え」
バレンタイン。 日付そのものとその日付が示す意味もちゃんとわかっていたし、朝からチョコもいくつかもらったが、指摘されるまでプティングがチョコ味な理由がぽかっと頭から抜けていた土方は、ああなるほど、と逆に納得してしまった。「ンだ、こんなもん。ただの義理だろ」
「は〜、……イケメンはこれだからやだねー」
坂田は大げさにため息をついて、からになったどんぶりに箸を投げ込むなり土方のトレイからプティングが山と盛られた皿をひょいと取り上げた。
「あっ! テメ、返せ!」
「やだね。どうせおめー食わねんだろ。いいじゃん清貧の銀さんにお恵みだと思ってさあ、昨日もパチンコで負けっちまったんだよね」
「単にパチンコですっただけじゃねーか! ふざけんな!」
「まあまあ」
そんなやりとりの間に坂田はもうプティングのほとんどを食べてしまっている。うめー、と顔をほころばせるのを見て、どうしてか土方は──形容しがたいが──心臓の裏側が、変なおとをたてるのを聴いたような気がした。他のやつのよこしたチョコ、
「え、おめーも食うの。どーすんのこれ、銀さんと間接チューしちゃうけど」
ほとんど1/4を平らげたところでやっと坂田がスプーンと皿を土方に突き戻してきたが、土方は変なことを考えてしまった衝撃で、一瞬反応が遅れた。いらねえよ。 はっと我に返って、低く返す。

土方の作ったその間に、坂田は変なことを思った──俺とじゃやなんだろ、どーせ、しってっけど、 土方から奪い取っただけなのに、もらった、なんて変換してのんきに喜んでた気分にちょっと水を差されたような気がして、俺もあほだな、と坂田は苦笑を漏らした。それから、改めてプティングを最後の一口まで、きれいに、食べた。ちょっと苦いような気がしたのは、きっと気のせいだ。




20130214
バレンタイン!