屯所の大門からすこし離れた所に原チャリをとめて、銀時はそれまで脚の間に置いていた「もの」を大事に抱え、立ち上がった。
まだ陽も落ちきらないのに、すでに空気は冷えはじめている。要するに、さむいのだ。メットを座席下にしまって、かぎを抜く。

「おーい。たのも〜」
銀時が使ったのはそんなせりふだったが、声はごくのんきだった。ぷわっと、口元を白い息が彩り、寒さに震える体に拍車をかける。
ややあって、「はあい、はい」と応える声が聞こえてきた。ばたばたと出てきた平隊士のことを銀時は知らなかったが──男の顔を覚えるのはあまり得意じゃない──、相手は知っていたらしい。あ、万事屋の旦那。確認するようにつぶやかれて、銀時は、
「副長さん、いる?」
言われた方も驚いたようだが、銀時も驚いた──なんでかというと、その名指しした相手が、ちょうど後ろを通りかかったからだった。
「あっ」
声をあげた銀時に気づいたか、土方がこちらにぐるりと目を回し、銀時のことをしかととらえた。元々あまりよろしくない風であった機嫌が一気に悪くなったように見えた。みるみるうちにもとより険しかった目元に険がともり、眉間の皺が深くなる。ンな顔ばっかしてっと、そこに皺寄せんの癖になっちまうぜ、 もし軽口を叩くことを許されていたら、銀時はそんなことを土方に向けて言っただろう。とまれ、それはらちのあかない想像というやつで、絶対に土方は許してはくれないだろうが。ましてや、銀時には。

「何しにきやがった」 まじまじと銀時のことを頭のてっぺんからつま先まで眺め回したあと、たっぷりとした間をとってから、土方は口を開いた。うなるようなどう猛な声。ふきげん、と言われなくとも解る。
銀時と土方は、あまり仲が良くない。しかもこれはかなり控えめな表現で言うところの、だった。折り合いが悪いとか、もしかしたらそういう表現でもよかったかも。互いに顔をあわせると、ついくだらない口げんかをしてしまう──とはいえ、それが互いを嫌いだという証にはならない──銀時はそんなことを思いつつ、脇に抱えたふろしき包みを持つ手に力を込めた。
「おめーに会いに」
「あァ?」
本気で意外そうな声を(しかしまるでチンピラが周囲を恫喝するときに使うような声でもあった)出した土方は、もう一度銀時のことをしげしげと眺めた。今度は、怪訝そうに。何を企んでいるのかと確認するような目だった。
「いや、まあとりあえず上げてくれよ」
「なんでだ」
その必要がどこにある、とでも言いたげな目をして、土方はふんと鼻を鳴らした。たばこに火を付けるべく箱を引っ張り出したところで、まだそばにいた隊士が、くちょん、と違和感を感じるほどかわいらしいくしゃみをした。
「……おめーは入れ、もうここはいい」
「あ、はい。すんません、副長」
「うんうん、すんません、副長」
一緒にどさくさに紛れて上がり込もうとした銀時の首根っこをすんでの所で土方の手がとらえた。冷たく冷えた土方の手がマフラーの隙間から滑り込むように入ってきて、銀時にぎゃっという無様な声を上げさせる。
「うわっ、おっ」
つんのめった拍子に植木鉢を落っことしそうになって、とととっと指先でお手玉をした。あっやべ落とす、と思ったところに、滑り込むように後ろから土方が靴したの脚を突き出してきて、すんでの所でキャッチした、というか、足の甲の上で押さえた。結局、銀時が持ってきた包みはごろん、と転がったわけだが。
「オイ、だいじょぶかよ」
「〜、…平気に見えるか、」
実際は、銀時が話しかけてから返事があるまでしばらく間があった。ぶつけた足の甲を押さえ込んで、鬼の副長が背を丸めて玄関でうずくまっているというのはちょっとかわいらしくなくもなかった、けど、でもちょっとムラッとする感じがしてやばかった。やべー、そういうの今日は忘れようと思ったのに。
「ちょっと見せてみろよ」
銀時は返事をきく前にそう宣言するなり、土方が押さえている脚をつかんで、引っ張った。真っ白い靴しただ。ちょっとだけ布地がほつれているところなんかを見ると、おろしたてってわけじゃないだろう。俺がもうちょっと変質者度が増したら、これちょうだいって言う時も来るのか、いやこねーでいいけど。最近自覚したばっかの「何か」に拍車をかけそうなことを思い浮かべて、あわてて打ち消す。
「っつまで、触ってやがる」
しばらく足を反らせたり丸めさせたりして骨が折れてないかと確かめたあと、痛みが引いてきたらしい土方が足をぐいと引いて、銀時の両手の中から自分の持ち物を取り返した。あーあ、 まだじっとしておけばいいのに的な意味合いも込めて銀時はわざとらしいため息を吐く。「つうかテメ、それ何なんだよ」
「これ? 鉢植え」
「は?」
土方はまた目を丸くして、銀時のことを見る。きょとんとした顔の方が、ずっといいなあ、なんてのんきなことを思うが、さすがに口には出さなかった。あのけんけんした顔も嫌いじゃない、けど、でもこっちの方がかわいらしい。土方「らしい」かって言われたら違うとは思うけど。
「なんの」
「カカオ?」
疑問系だったが、カカオ以外のなんでもなかった。というか屁怒絽さんに頼んで取り寄せてもらったんだけど。銀時は胸の中で思う。
二月の十四日なんていう日に、カカオとかを持ってくる意味なんてひとつだ。「プレゼントに。なんか幸福がどうこうってきいたから」
「なんでそんなもん俺に」
「うーん、なんとなく?」
変な色をしたふろしきしかなかったことを、今更後悔した。よくある紫じゃなくて、なんか赤っぽいオレンジみたいな。お酒を包むみたいにしててっぺんで作っていた結び目をほどくと、葉の厚い植物のうえられた鉢植えが出てくる。それをしげしげと眺めて、土方は何かを言おうとして、それから、銀時のことを見るた。腹の奥を探ろうとするような、目。淡い青のひかるすみ色と藍の混じった目は、いつもふしぎな感慨を銀時に抱かせる。土方の視線はそんな目で見るなって言わせたくなるほど、ひとをいつでもまっすぐと射抜いて、裸にしてしまう。

「……こんなもん、もらったって」 喉に突っかかる何かをごまかそうとするような声で、土方が言った。「いつも世話出来るとかぎんねーぞ、俺……」
照れてるみたいに見えるっていうか、多分、照れてる。耳の先がちょっと赤くなっている。顔色は変化がないのが見事なところだ。さっきばたばたと暴れたせいで乱れた前髪のことがなければ、耳はいつも通りそのつややかできれいな髪の毛の中に隠れて、見えなかっただろうから。
「いいよ」銀時はちょっとそわそわしながら小さな声で口走った。「そしたら俺んとこ持ってきてくれたら、世話するし」
なんか共同作業みたいじゃね。 照れてでもいるように小さな声でそう言った銀時のせりふを、土方は変なきもちできく──まるでプロポーズされてるみてー。そんなことされる相手なわけがないのに。そんなこと、するようなお互いじゃないのに。

(だから土方は、銀時がまさにその通りの意味でそう言ったなんて、気づかないでいる)
(ちゃんとわかってんのかなあ、なんて呟いた声も、多分土方には聞こえていない)



じれったい

20130214