あれ。 いつもならまっさきに飛びついてくるはずの猫が来ないので、土方は首をかしげた。が、すぐに合点した。庭の方からにゃーにゃーと助けを求める声が聞こえてきたからだった。にゃー、たすけてーひじかたー、 そんな風に言っているように聞こえる。まったく、今度は何をやらかしたんだ。犬にでも追っかけられて、また屋根にでも登って降りられなくなったか。本当に手が焼ける──そんなことを思いつつも、土方の口元には「しかたのないやつ」を見るときの笑みが浮かんでいる。

「で、何やってんだオメーは」
「あっひじかた、いいところに!」
あれだけでかい声で助けを求めてにゃあにゃあ鳴いてたくせに、変なところで意地を張る子猫はそんなことを言った。その拍子に八重歯が見える。かわいいけど。オメーとよばれた猫は銀時、つい一年ほど前に土方が川に流されているところを拾ってきた子猫だ。その時はまだ今の三分の一くらいの体しかなくて、手のひらに乗ってしまいそうなほどに軽かった。
「んぎゃあ! ひじかた! はやく!!」
興奮して乗り出した拍子に細い枝から落ちそうになった銀時が、猫らしくない悲鳴をあげて、ぱっと枝に張り付く。大きくなったとはいえまだまだ小さいからだの後ろでぱたぱたっとしっぽが木の幹を叩いている。梅の木だ。そこまで背は高くないが、枝は細く、今にも折れそうではある。仕方ねえな、と手を伸ばしてそれをすくってやりながら、土方はため息を吐いた。「何してんだそんなとこで」
「にっ、逃げてたんだよ」
「…また隣のポチとケンカでもしたのか、テメーは」
「ちげーよ! なんかきょうすっげーさわられんの!」
銀時はまだまだちびのくせに、いっぱしの猫としてのプライドがあるらしい。あまり触られるのはすきじゃない。でも、構って欲しいときはべたべたに甘やかしてほしい。主にその構って遊んでかわいがってのべたべた甘えは土方にしか発揮されないのだが。
よく近藤なんかは抱っこしようとして引っかかれている。オメーな、確かに助けてやったのは俺だが、そもそもオメーが流されてんの見つけたのは近藤さんなんだからな、そう土方が口を酸っぱくして言ってもだめだ。ゴリラ呼ばわりして目のかたきにしている。猿と仲が悪いのは犬ではなかったか。土方は時々、そんなことを思って首をかしげる。


「──今日はしょうがねえだろ」
二が三つも並ぶから、今日は猫の日。そんなしょうもない情報を土方に与えたのは沖田だった。これ旦那にやっといてくだせえ、と猫草をもらったのをふと思い出したが、そういえばどこかに忘れてきてしまった。明日にでもとりにいくか。木の枝からすくい上げたままの中途半端な体勢で抱えていた銀時を、ちゃんと抱き直す。揺らした拍子にうしろでひとつにくくっていた髪がゆれて、肩にひとふさ引っかかった。反射みたいに銀時が手を出してくる。
「おめーら猫はかわいいのが仕事だろ」
「かっ、かわいーっていうな、かっこいいっていえ!」
「あとでまたたびやっから」
「! まじでか! くろいやつ」
「アホか。ありゃとっつぁんがくれた高級品だよ。そっちじゃねえけど、やる」
確か去年のクリスマスに、猫にはまたたびだろと松平が高級またたびを一箱送ってくれたのだった。それまであまりまたたびに興味のなかった銀時が夢中でまたたびをかけてやった布をふんふんしたりごろごろと転がって体ににおいをつけようとするのを見て、さすが高級品! と土方と近藤などは感心したのだが、あまりに興奮状態が続いて翌日の昼頃まで目をかっとひらいたまま銀時が走り回ったせいで、ふたりは寝不足になってしまった。ただ走り回るくらいならまだしも、わおおおーん、なんて猫にあるまじき声まであげるのはなんとかなんねーのか、あれ。

今日はひとふくろまるっとやるのでなしに、少しだけにしよう、そんなことを土方が思っていたら、あっ、と腕の中でもぞもぞと土方の長い髪にじゃれて遊んでいた銀時が空を見上げて、声をあげた。
「ひじかた! おさとう!」
「あ?」
つられて上を見る。砂糖、じゃなくて雪だった。なるほど白いからか。粉雪だった。つくづく銀時は猫らしくなく、砂糖が好きだ。先だってのクリスマスの時に見よう見まねでケーキを作ったのだが、その時にクリームをなめてからこっち、それこそまたたびよりもずっと夢中かもしれない。
「おさとうだ! おさとうだ!」
「っ、こら」
さっきまでしっくり腕に収まっていたくせに、銀時はじたばたと暴れ出した。土方の腕から逃れるなり、ぱっと飛び上がって雪を捕まえようとしている。まるで蚊でも捕まえようとしているみたいな動きで、ちょっとコミカルだ。
「……?」
「いやそれ、砂糖じゃねーから。雪だ、雪」
「ゆき」
「寒くなると雨が凍って雪になんだよ」
しばらくそうして雪にじゃれついたあと、捕まえても溶けてしまう雪にふしぎそうな顔をしている銀時をもう一度抱き上げる。説明してやると「ふうん」とわかったのか解っていないのか、そんな生返事がかえってきた。あまくねーの。訊かれて、土方はうなずく。「甘くねえよ」
心なしかしゅん、とした銀時の頭を撫でてやり、土方は子猫を抱きかかえたまま家の中に戻った。なんかおやつ、甘いもんでも食わせてやるか。ふだんは虫歯になるからチョコは二個までと決めているけれども、寒いし、猫の日だ。今日くらいはとくべつ、ココアでも入れてやったらきっとすぐに機嫌もなおるだろうから。



20130222
にゃんにゃんにゃんの日!!

そして変なおまけ





「ひじかた、ひじかた」
ぱたぱた、としっぽが床を叩く音がして、あわい眠りに入りかけていた土方を起こした。銀時だ。見なくても解る。ふとんからはみ出た、ほどいた髪をつつかれている。「……んだ、」
「いっしょねていい」
あのあとココアを入れてやって、夕食の時に少しだけまたたびを舐めさせてやったのだが、そのせいでか、銀時は眠れないらしい。普段は土方が風呂から上がってくるまで待てずに、眠ってしまうことが多いのに。ぱたぱた、としっぽが答えを急かすように床を打ち、土方は仕方なしに寝返りを打って、ふとんの端を持ち上げた。「……ほら、入れ」
返事もなく、ささっと子猫が飛び込んできた。あごの下にふわふわした銀時の髪と、ちょっとだけ温度の冷たい耳がぶつかってくる。ごろごろと鼻先をなすりつけてくるのがかわいい、…どうしようもなく。
「おやすみ、ひじかた」
そう言って更にくっつくと、銀時は体をまるくして土方の夜着のすそから入ってこようとでもするみたいにもぞもぞと位置をかえた。くすぐったかったが、猫がいると暖かい。ついでに土方はもう半分くらい寝ていたところだったので、つまりはすごく眠かった。おやすみ、ともぐもぐ返して、また目を閉じる。
が。


ごろごろ。
ズ、
ごろごろごろ、んぐ、ご、
「銀時、おま、うるせーよ!」