教わっていた合いかぎの場所を探って、土方は万事屋の中に入る。今日は誰もいないと教わっていたにもかかわらず、
「邪魔するぜ」
という言葉が出てしまうのはもはやくせみたいなものだ──いつもなら、それに「おう、どーぞ」という銀時のやる気のない低い声が受け答えをするのが常なのに、今日は土方しかいない。
珍しく、と言ってはなんだが、万事屋さんちは今日依頼があって、三人とも出かけてしまっている。土方は、非番だった。しかも半休でも定時上がりでもなく、一日まるごとだ。さらに翌日も遅番からなので、一日半の休み。大型連休の中日だというのに、こんなに長く休みをとれたのは偶然じゃない。──近藤の気遣いだった。
「トシ、今年は正月もろくに休めなかっただろ」
確かにそうだった。本当は休めるはずだった日に沖田が風邪を引いて寝込んだので、代わりに入ったのだ。「誕生日きっかり、じゃなくて悪ぃけど」そう言って、ちょっと困ったように近藤は言った。ゆっくりしてこいよ、たまには。

近藤がどこまで気づいているのか土方には解らないが、時にあの世界一鈍いおとこは、世界一鋭くなるタイミングがある。銀時と互いの家やホテルの行き来をしたり、非番のスケジュールを教えて、なんてことが始まったのはつい最近、…じゃない。多忙な土方のスケジュールをぬって頻繁にと呼べるようになったのがここ半年くらいなだけで、月に一、二度あるかないか、というぽつぽつとしたつきあいだけならかなり前からだ。いわゆる飲み友がうっかり一線を越えてしまって、そのままセフレみたいな曖昧な関係が続いて、と思ったら、去年の銀時の誕生日に、急に呼び出されて、言われた。
「俺、今日が誕生日なんだ」
「……知ってっけど、」
それが何だ。 その前の年、知らなかった土方はぺろっとその日をやり過ごして、後でさんざん責め立てられた。性的な意味でも、性的な意味でも、そうじゃない方でも。今年は何が欲しいって言われる前に大吟醸を持ってきてやったし、合わせてぐい飲みも買ってきた。これをプレゼントと呼ぶか否かは、土方と銀時の心にかかっているところだが。とまれ、この話ではなくて、この話の続きが肝心だった。
たばこを探った土方の手をとり、銀時はだから、と話を続けた。普段は眠たげな赤い目が、やけにらんらんと輝いている。赤提灯の下、ふたりでぼそぼそと酒を飲み交わしているからというだけではあるまい。銀時の目は、いっそ今日のために涙をたたえたのではあるまいかと思うほど、きらきらと輝いていた。
「だから、誕生日に、オメーがほしい」
一瞬、それは寝たいという誘いかと思った。きっとその意味合いもあったろうけど、今さらすぎて、なんていうか、そっちの意味じゃないってことは空気で知れた。え、じゃあ。ごくり、と土方は気配を察して、息を呑む。だって。
「言ってんじゃん、だから、……オメーのこと、好きです」
「え、言ってねーよ」


今さらだろみたいなテンションで言われたが、土方は本当に初めて聴いた。初めて言われたし、でも肯いてしまった。どうしてだろう。土方はそれまで、銀時といるのが心地よいと思いこそすれ、この天パまじいつかぶちのめすと思うことはあれ、好きだなんて、──いや、きっとどこかのタイミングで思っていたんだろうけど、意識をしたことがなかった。でも、とりあえずそんな形でおたがいがお互いのことを好きになって、それから半年と少しだ。
土方の誕生日だった。

つきあっている相手がいると教えたわけではないのにさりげなく休みをくれた近藤に甘えていそいそと万事屋に電話をしてみたら、すごく残念そうに「悪ぃんだけど」と言われた。
「でも、夕方には終わっから。いやもしかしたら昼とか、適当にフケりゃ三時には」
「何ふざけたこと言ってやがる。働け、たまには」
そんなこんなで、土方はゆったりと朝遅い時間に起床し、のんびりと身支度を調えて、昼すこし過ぎに万事屋のドアを叩いた。
そこにはいつもどことなくがちゃがちゃとした騒がしさがあって、当たり前だが屯所とは雰囲気が違う。それを、どうしてか土方は少しだけ好きだった。きっとこんな風になる前から。
家の中は雑然としていて、これから人を迎え入れようという、体裁を繕おうとするようなところがみじんもない。そのあたりのあっけらかんとした風も銀時のにおいを感じてなんだかほっとするとかなにを考えてるのか、土方はぶんぶんと頭を振って、屯所から持ってきた新聞を広げ、テレビを付けた。
「好き勝手にしてろよ、いつもみてーに。ビールも…一本までなら呑んでいい」
「いやテメーどんだけケチなんだよ」
「ちげーって。銀さん帰ってきたらさんざんあれこれたらふく呑ましてやるから待ってろって言ってんの」
そういいながら尻を撫でられて、「たらふく」の意味合いについて考えたくもない想像をしてしまったが、とりあえずそのすけべたらしい笑顔にイラッとしたので、銀時のことは殴っておいた。──しかし、暇だった。

隅から隅まで新聞を読んでしまっても、テレビを付けても、ろくなものはやっていない。ちょっと迷ったあげく、家の中をちょこちょこと片付けてみたり、冷蔵庫の中を見てため息を吐く。くそ、あいつら三人どうやって生きてんだまじで。世話やかせやがって。
三時になったらなどと銀時が言っていたのを思い出して、土方はそそくさと万事屋を出て、大江戸マートに向かった。あれこれ思いつくままに買い出しをする。今日は、夜どうなんだ?つーか訊いてなかったけど。もし飯まではチャイナもめがねもいるんならこれだけじゃ足らねーだろうし、卵も二パックあればいいのか、どうなんだ。くそ、 そんなこんなで大量に食材を買い込んで、戻ったら丁度三時になる、十分前だった。が、
案の定だが、銀時は帰ってこない。帰ってくるなと言ったのは自分なのに、どうしてだかちょっとへこんでしまいそうになって、そんな自分にイラッとする。いらだちのままあれこれ野菜だの肉だの魚だの、思いつくまま買ったものを冷蔵庫に詰め込むと、そう大きくはない冷蔵庫はすぐにいっぱいになった。つーか酢昆布とか入れる必要なくねえ。
苛立ったまま炊飯器をセットして、合わせだしのだし袋を鍋に放り込み、水を入れて脇に置いておく。いや俺何やってんだ、これじゃ休みの日に息子の家片付けにきたお母ちゃんじゃねえか。そうは思ったが、どうしてか手が止まらなかった。滅多に土方は料理をする方じゃないし、別にうまくもない。なのに、気がついたら春キャベツと小松菜をコンソメで煮てツナ缶を入れたりしてみるなんてちょっと風変わりな春のメニューをこさえてしまっていたりした。味見をしてみたが、わりとうまかった。が、ため息は深い。

寂しい、と言うには言葉が足りなくて、つまらない、というにはもっと物足りない。この場には銀時がいなすぎて、土方には収まりが悪い──ここは銀時の家なのに。

「……クソ」
家の中は禁煙、そう言われたのを律儀に守って階段の中程で煙を吸っていた土方は、ため息と悪態とを一緒に吐いて、また手持ちぶさたに階段を上った。まだ、四時。もうすぐ五時になる。でも銀時は帰ってこない。



「あれ、ちょ、何やってんだよこんなとこで」
土方、そう言って肩をゆさぶられるまで寝ていたことに気がつかなかった。は、と首を上げると、銀時の顔が目の前にあった。首のうしろがぼきっと派手な音を立てる。ついでにずっと同じ体勢でいたせいだろう、腰も腕も痛い。
「いやオメー鍵かかってなかったし、危ないでしょうが副長さんがこんなとこでうたた寝してて。いつからここにいたんだよ」
「…覚えてねえ」
「オイオイ」
玄関先で、草履を半分つっかけたまま土方は膝を抱えて寝ていたらしい。言われるまで気づかなかった。はっと外を見るともうすでに陽が落ちてしまっていて、肩の辺りがさわさわと冷えている感じがする。この頃はもうめっきり気温が高い日が続いているが、夜はやはり冷え込む。それに気づいて、土方はああ、と思った。せっかくの休みなのに、もう半日が終わってしまった。明日からはまた仕事があって、会えない日々が続くというのに。
「なに、銀さんいねーと寂しかった?」
んなわけねーだろ、そう言いたかったが、そうは言えなかった。銀時がいないとつまらないし、寂しい。うそは吐きたくなかった。だからうるせえ、と悪態を吐くだけにした。



20130505
副長!!!おめでとう!!!!!