廊下の向こうからだかだかと足音も高く走ってくる生徒に気づいて、土方は眉間にかるく皺を寄せる。誰だか解らないからではなくて、まずはそれが誰なのか、足音だけで解った自分に向けてであった──が、まずそれを彼は知るまい。土方が見せないからというのもあるが。
「先生!」
「廊下は走んなっつってんだろうが」
何度言ったら解んだ、と言いながら顔を向けると、少年が一瞬はっと息を呑んだ。それがめがねをかけた土方の顔についてであったとは、土方は気づきもしない。少年のふわふわした髪が揺れ、午後の日差しの下で、あわく光っている。
「せっ、先生! なんなんだよこないだ! ひでーよ!」
「んだいきなり。つうかお前、風邪は治ったのかよ」
「治った、てねーよ! ちがくて!」
「たてねーよってなんだそりゃ」
手に持った進路表をぺろぺろとめくるのを止めないまま、土方は口先だけで銀時少年を転がした。こうやって自分の一挙手一投足でてんやわんやしてくれるのなんて、長くてあと一年がとこだろう。短くて、半年とか。
「先生、なんで合宿来なかったんだよ!」
「実家帰ってたからな」
剣道部におみやげ買ってきたぜ、と言うとそこだけテンションがしゅっと落ち着いて、銀時はもうもらった、と答える。でも本当に一瞬だけで、すぐまた跳ね上がるように先生せんせいと言い始めた。正直ちょっとうるさい。



二年ぶりとかで、土方はこのゴールデンウィーク実家に帰った。ちょうど幼なじみたちも合わせて帰省していたので、一緒に呑まないかと誘われたからというのも理由のひとつだった。まさかこの年になって誕生日を祝われるとは思ってもみなかったが、わるい気分ではなかった──むしろ嬉しいくらいだった。
「ひでーよ先生、俺先生が来るって思ったからおめでとう言うつもりでプレゼント買ったりしてたのに!」
「…おめーが合宿行くっつったから、近藤さんの誘い受けたんだぞ」
「またその、ゴリラ!」
ゴリラって言うな、土方が口を挟むのにも銀時は止まらない。「先生が来ると思ったから、合宿行ったんだよ、俺は!」

銀時は剣道部の正式な部員じゃない。時々、気まぐれみたいに試合に参加する助っ人だ。だから本当は合宿には参加しなくてもいいのだが、今年はゴールデンウィークに合宿をすると発表するなり参加したいと言いだしたので、土方はもちろん、もうひとりの顧問の松平もたいへん喜んだものだった。銀時の普段の態度はともあれ、彼の剣道はひとを惹きつける。だから一泊二日の伊豆での合宿への参加は正式な部員ではないが諸手を挙げて歓迎されて、五月四日、五日の日程でぶじに開催された。どうしてだかは知らないが銀時が風邪を引いて、ゴールデンウィークあけからこっち、三日連続で休んでいたりもしたのだが。だから会うのは久しぶりだ。


「俺も誕生日お祝いしたかった……」
「もういい年して祝われても別に嬉しくねえよ、お前らとは違って」
そう言ってくれるだけで十分だ、とは土方は言わない。銀時は「でも近藤とかにお祝いされて嬉しかったくせに」とかなんとかまだぶつくさ言いながら、今日は一緒に帰る、と言って、土方のスーツの裾をぎゅっと握った。土方は、それを振り払えない。



20130505 お誕生日おめでとう!!!