激務に軋んだ肩をぐるりとひとつ回してから、しまってあった布団を敷く。明日は遅番だから、いつもよりも少しだけ長く寝ていられる──丑三つ時、もうほとんど明け方だった。もう少し季節が先に進めば、空が明るくなり始めるかもしれない時間。とはいえ、土方もはっきりと夜明けの時間を知っているわけではないが。
目の奥がじわりと軋む。横になると、頭の奥からじわじわと眠気が近づいてくるのが解った。ふ、と吐く息が自分でもわかるほど疲れ膿んでいる。さすがに、つかれた。そんなため息をきくものは土方以外いない。少なくとも、今だけは。

土方が体を弛緩させ、眠りへのごく短い坂を下り始めたすぐあとだった。背にしたふすまがすう、と音もなく開いた。ほとんど眠りかけていた頭がふっと回転し始める。そこには気配がない。悪意を感じる気配は、という意味合いでだけ。土方はため息をあくびに紛れさせてかみ殺した。目を閉じて、眠ってしまおうとする。いつもむだな努力に終わることの方が多い、というよりも、成功した試しはないのだが。むなしい努力だ。それでも、土方はそれにあらがわずにはいられない。
す、と入ってきた気配のぬしは、そのまま素早く土方の布団を持ち上げ、中に滑り込んでくる。べたっとすり寄ってくる足は裸足だ。土方のよりも、少しだけ大きい。足の甲をなでさするように相手の足の裏がすり寄ってきて、それから自分の足の甲を、土方の足の裏にすりつけてくる。寒がる子どもみたいだが、あいにくとその仕草はそうするには育ちすぎている。正直、眠いところを冷たい足に邪魔されていらっとすることこの上ない。しかも落ち着かない。
布団の中で膝を曲げて足を逃げ出させると、相手はそれを追いかけてくる。土方は眠いんだよゴラ、と声を上げる代わりに曲げた膝を勢いよく後ろに繰り出し、相手の脛と思わしき場所へと振りかぶった。
「い、って!」
一応押さえぎみにはしているが、確かに悲鳴が上がる。土方はほくそ笑み、眠いんだよ、と後ろに向かってため息を吐いた。「クソ万事屋。毎回毎回、どういうつもりでいやがる」



こんなことが始まったのは、確か冬の始めだった。最低気温がひと桁台になり、霜が張り始めるころだった。年が変わるよりも前だ。そろそろ見廻りに出る時、襟巻きが必要になるな、なんてことが話題に出るような時期。じわりと寒さがにじみ出はじめるころ。土方は珍しく早く床につくことが出来ていて、ゆるく優しい眠りの指先に誘われるまま、眠りへの階段を下りていこうと足先を伸ばした、そんなタイミングだった。
するっと、今日みたいにふすまが開いた。土方がまどろみ始めるころを知っていたかのような。ひやりとした空気が部屋の中に入ってきて、それだけが理由じゃないが、土方はぴりりと覚醒した。が、寝たふりをする。運良くと言うべきか当然というべきか、妖刀は肌身離さず、布団から手を出せばすぐにつかみ取れる位置にある。そっと腹の中で気配を殺し、相手との距離を測る。もう少し、近づいてきたら。あと少し。
さっと、ふとんをめくられた。一瞬動作が遅れてしまったのは、相手に、というか銀時なわけだが、銀時の行動に一切悪意が感じられなかったからだった。向けられる悪意ならばもう慣れっこだったし、それでストレスを感じていないかと言えばうそになるが、しかしそれを飼い慣らすこともずいぶんと上達した。はっ、と土方が息を飲むよりも先に、銀時の腕が伸びてきて、土方の夜着をまとった腰に張り付いた。飲んだ、息が止まった。なんだ、なんだっていうかこいつ、えっ。

振り返りざまに刀を掴もうと伸ばしていた手が途中で固まってしまった。驚きのあまりだ。これがもしも立ち回りの最中だったら、ずばっとやられてしまっていただろう。もちろんそんな場面じゃないからこそ、土方もこうして思わずぎょっとすることを自分に許したわけだが。完全に振り返れたわけじゃない、中途半端な体勢で腰をひねった体勢で、土方は銀時にしがみつかれている。少しはだけた夜着の胸に、銀時のふわふわした頭がぶつかる。少しだけ酒臭い。
「……おい、万事屋」
返事はなかった。おい、もう一度呼んで肩を揺すると、んん、と子どもがむずがるような声がした。は?
「おい?」
銀時はすかすかと、子どもみたいな寝顔で寝ていた。土方の胸からは引きはがされて、今度は腹に顔を押しつけている。やわらかいものなんか何もないのに、もぐもぐとそれを探すように頭を動かされるのがくすぐったくてたまらなかった。離れろ! とぐいぐい引きはがしにかかるが、酒臭い銀時は、酔っぱらっているらしくちっとも起きない。しかも馬鹿力だった。くそ、俺これで夜中厠に行きたくなったらどうしてくれんだコノヤロー。銀時のはだかの足の裏が土方の夜着の裾を割り、足首からふくらはぎへと滑ってくる。触ってくるのが足の裏でなければ、セクシャルな動きと思っても間違いがないようなふれ方だった、が、それが似合いな空気でもなく、またそんなことをするような関係でも、ない。

土方はそのままじたばたと暴れてみたが、そのうち疲れて眠ってしまった。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて眠ったせいで寝付きも寝起きも悪いかと思ったが、どうしてか、すごく普通だった。別段気持ちが良かったとかそんなわけでもなし、確かに独り寝よりも暖かかったが、狭いふとんの奪い合いになったので、条件としてはどっこいどっこいだった。ちょっと変な夢を見た(なんでか、でかい猫のしっぽに巻かれて寝る夢だった。ふかふかでわりと気持ちが良かった)ことを考えたら、独り寝の方がよっぽどいいか。
銀時の腕は変わらず土方に巻き付いていたが、それだけではなかった。土方も、どうしてか銀時にしがみつき返していた。はっ、と目をさまして腕を振りほどくと、銀時もやや遅れて、目を覚ました。そしてぎょっとした顔をした。
「えっ」
「えっ、じゃねえ」
低い声で答えると、銀時は目をぱち、ぱち、と何度もしばたいた。それからきょろきょろと周りを見渡し始める。確認するみたいに、しかしいかんせんふとんの中にくるまっているだけなので、見渡すったってたばこのにおいが染みついたかけぶとんに敷き布団、それから枕(土方が占領していて、銀時の頭の下には残念ながら何もない)、あとは、土方がいるだけだ。
「えっ」
また銀時は言い、土方はらちのあかなさにうんざりして半身を起こした。見れば、銀時はいつもの和洋折衷ごちゃまぜの格好に、半纏まで羽織っている。これでまだ寒いと布団に潜り込んでくるってどういうことなんだ、土方はそう思いつつ、いつも枕元においてあるたばこ盆に手をやり、引き寄せた。ふう、と煙を吐く頃にはようやく銀時も再起動したらしい。のろのろと体を起こした。時々見る、頭をがりがりと掻く仕草を見せる。
「あー、なんつーか、その」
「起きたんなら出ていけ」
山崎が来る前に、最後まで言わなかったのがなぜなのかは土方にも解らない。が、銀時はぐっと口をつぐんで、なぜだか怒り出しそうな顔をして、そのまま出て行った。




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20130505 お誕生日おめでとうのお話(いちおう)