小さなポシェットに、すいとうと、朝のいちごパンをつめて、銀時は立ち上がります。
時刻は昼さがり、おとなりには、すやすやすぴすぴと寝息をたてる、とうしろうがねむっています。ふたりはおひるねの真っ最中だったのです。
「とうしろう、ゆるせ!」
銀時が、まるで武士みたいなことを言って、この場をはなれるのにはわけがありました。

銀時ととうしろうは、同じとしに生まれた、おさななじみでした。約半年とうしろうの方が年上ですが、うしを初めとする草食動物のほうが、銀時たちとらの子どもよりも成長が遅いのです。だから、今はすこしだけ銀時の方が、とうしろうよりも背がたかく、体つきが大きいのです。それに、銀時はもう、自分の名前も漢字で書けます。およそ、きれいな字とは言えませんでしたが。

とはいえ、ふたりともまだ生まれて数年しかたっていません。ほとんど赤んぼうみたいなものです。だから、このどうぶつ村では毎日のんびりしていることがゆるされ、銀時は毎朝甘いパンを食べてお昼寝をして、とうしろうとあそび、とうしろうは毎朝マヨネーズを食べて本をよみ、お昼寝をして、銀時と遊ぶのが日課でした。そんなわけで、銀時はせっかく、一年でいっかいしかないとうしろうのお誕生日を、スルーしてしまったのです。
そもそも、しったのは昨日でした。おやつの時間に、銀時はチョココロネを、とうしろうはマヨネーズをすっていました。とうしろうが肌身離さず持っている、マイマヨボトルがなんだか、いつもよりもかわいらしく見えたので、銀時はすなおにそうほめました。まだ銀時もちいさいので、へたにけんかを売るようなものいいをせず、すなおにかわいいものはかわいいとほめることができます。とうしろうは胸を張って、
「おにいちゃんにもらった」
と言いました。お誕生日だったから。よく見ると、肩から提げられるようにとむすばれたリボンも、今まではあわいピンクだったのが、今回はかわいらしい赤い色をしています。おれの目とおそろいだな、とおもいましたが、銀時はそれよりも前に、
「とうしろう、誕生日ってなに」
とききました。とうしろうはまだマヨをちゅっちゅかすっていましたが、その手をとめて、くびをかしげました。
「しらねーの」
「うん。なに?」
「とらは、お祝いしねーの」
とうしろうは体こそまだ銀時よりちいさいですが、あたまの回転はわるくなく、物知りです。そして知りたがりで、いつもあれはなにこれはなにとおとなたちを質問ぜめにしています。銀時にききかえして、ぎゃくに考えこんでしまったとうしろうににじりよって、銀時はべろっとそのちいさい顔をなめました。ぎゃっととびのいて、まるで猫のように毛をさかだてたとうしろうは、ワンピースのすそをまくりあげて銀時になめられたほっぺたをぬぐいます。ぺろんとむき出しにされたかぼちゃぱんつと細いふとももを見てもまだ銀時はあれこれむらっとはしませんでしたが、でもなんとなく、「見ていいのかなあ」というきもちにはなりました。少なからず、「おれいがいには見せないでほしいなあ」とも。とまれ。
「そいつが、生まれた日がくるだろ、いちねん」
「うん」
「そしたら、いっこ年上に、なるだろ」
とうしろうはふわっととんできたちょうちょを目で追い、一瞬ことばがとぎれます。同じように銀時もちょうを目で追いながら、「うん」と相づちをうちます。「そしたら、お祝いするんだ」
それで、もらった。そう言ってもういちどマヨボトルを見せてくれたとうしろうは、なんだかとってもうれしそうでした。銀時は、それを見て、なんだかうらやましくなってしまったのです。


「よし、行くぞ」
目指すは山をひとつ越えた先の、やまぐちさんちの農場です。
そこにはにわとりがたくさんいて、銀時はときどき、体がほどよくおおきくなったからとそこでアルバイトをしているのです。なんでも敷地のなかに入ってきて木の皮をはがして食べてしまう野生のしかがいるとかで、それを寄せ付けないための番をするのです。まだ小さいとはいえ銀時は虎で、そのくせ甘いものにしか興味がないので、うってつけというわけでした。
銀時は一晩悩んで、農場まであるいていって、手作りのマヨをとうしろうにごちそうしてあげることにしたのでした。マヨネーズの材料がたまごであることは、むかしせんせいが教えてくれたので知っています。手作りのマヨネーズがおいしいものだということは、とうしろうが前言っていたので、覚えていました。あのボトルを見せてくれた時のように、にこにこ笑いかけてくれるとうしろうのことを思い描いて、銀時はちょっとひとに見せられない笑顔を浮かべてしまいました。ここにとうしろうがいなかったことは、不幸中の幸いと言えましょう。
歩いていって、往復で一時間半もあれば帰ってこれる。よし、と気合いを入れて、銀時は歩き始めました。
しかし、銀時はぺろっと大事なことをしつねんしていました。それは、農場へ行くときいつもおとなにつれていってもらっており、しかも雪がつもった冬とは景色ががらっとかわっている、ということでした。春をすぎて山に木の実があふれ、食べものが満ち足りたこのシーズンでは、野生のしかはわざわざ人里まで降りてくる必要はありません。銀時が呼ばれたのは冬のあいだ、しかも年が変わるまえのことだったので、そうとう時間がたっています。

案の定、銀時はまいごになって、こまりはてていました。まだ日暮れ前ですから空気はあたたかく、さらさらとゆれる葉っぱの音が耳にここちよくひびきます。が、がぜんまいごです。
そもそも、銀時もとうしろうも生まれてこの方どうぶつ村からろくに出たことがなく、「野生のしか」と言われたときもなんだそれ、とふたりして首をかしげたほどでした。今は、そういういきものがいるんだというにんしきでいますが。
「うーん」
おなかがぐうと鳴ったので、銀時はもしゃもしゃといちごパンを食べ、すいとうのふたを開けました。が、
「あっ」
大きな石につまづいて、手に持っていたすいとうのふたを落としてしまったので。こつん、と音をたててふたは転がっていってしまいました。いちご牛乳がこぼれなかったのはさいわいでしたが、ふたを落としてしまったのがかなしくて、銀時はしゅん、となります。
いつもなら、お昼寝から目覚めておやつをふたりでわけっこして食べているころでしょうか。銀時はいつもクッキーやおまんじゅうといった甘いものを、とうしろうはたまごパンやツナマヨおにぎりのようなマヨネーズをつかったおやつを持ってきます。それをわけっこして、一緒に食べるのです。銀時は、いちにちのうちで一番その時間がたのしみでした。とうしろうと一緒にいると、銀時はいつもえがおになれるのです。とうしろうは楽しくて、かわいくて、ちょっぴり甘いにおいがして、すごくすてきな友だちでした。
「おれ、このまましんじゃうのかな…」
銀時はすいとうのふたを落としたうえ、まいごになったことでえらく悲嘆に暮れていました。もうきっと、このまま誰にも見つけてもらえないまま、しんでしまうんだ。とうしろうにも、せんせいにも、むかつくたかすぎにも、めんどくさいヅラにも、黒もじゃのたつまにも、もう会えないのです。そうおもうと、とてもかなしくてかなしくて、さみしさで涙が出そうでした。

と、
「銀時」
横から声がかかりました。残念ながら、とうしろうではありません。銀時のおにいさんの銀八せんせいです。せんせいはあだなで、めがねをかけているからでした。「何やってんだこんなとこで」
「……たまご」
「は?」
「にーちゃんにはかんけーねーよ!」
ほっといてくれよ! と本当なら言いたいところでしたが、銀時は今まいごになっていて、いきるかしぬかもあやういところなのです。銀八は気分やなので、今ここでごきげんをそこねて、おいていかれてはたまりません。
「え、だって俺とうしろに言われて来たんだけど。なんか銀時がいねーって、めっちゃ焦ってたよ」
「えっ」
「泣いてたし」
「ええっ」
そして帰んぞー、とぐいぐい首ねっこを引っ張られて戻ったさきで、しんぱいが振り切れて逆に怒り出していたとうしろうにぽかすかなぐられてしまう銀時でしたが、涙目のとうしろうを思い浮かべたとき、なんでかそわそわしてしまったことは、結局誰にも言えなかったのでした。



20130505 
とらうし書くのはじめて