あれ、 久々じゃね、と声をかけると、なるほど久しぶりの顔だった。お隣さんだ。土方、という名前だった気がする。表札に名前は書いていないが、それは銀時も同じだった。
「そうか?」
たばこに火を付けようとしていた手を一瞬迷ってから止めた土方は、すっと真正面からこちらを見返してくる。見ようによってはけんかでも売ってるんじゃないかって思うような視線の強さだ。土方の目には力がある。

「つーか荷物すげーな、なにそれ」
男同士だからさすがに手を貸してやろうなどとは思わないが、それでも驚いてしまうほど重そうな荷物だった。紙袋にスーパーのビニール袋、あれこれ持っている。買い物にでもいってきたんだろうか。
銀時と土方はお隣さんだ。前に大量にいたませるところだった牛乳の処理でホワイトソース祭り(これは銀時が勝手に今考えた呼称)を催した時に、食べるのを手伝ってもらった。グラタンに次の日はシチュー、ドリア、 ホワイトソースまみれでさすがに味が一緒になってきた、と困っていた最後のさいご、ドリアはカレー味だった。何気なく、土方が「カレーペーストのせんのもありなんじゃねえ」と言ったからだ。おかげさまで無事牛乳も消化したし、カレードリアというレパートリーがひとつ増えた。最近はちょっと忙しくて料理も出来ていなかったし、銀時もこうしてのんびりとした休日は久しぶりだ。先週のゴールデンウィークは実家に帰っていたし。土方は、と問うと「休みとれなかったから、今週に振り替えてもらってた」と答えがある。
「そういや、渡すもんあるわ」
実家に帰ったおり、そういえばとおみやげを買ってきたのを思いだして銀時が言うと、あ、俺もだとごそごそ紙袋のひとつを探り始める。「ゆべし」
「え、どっか行ってたの」
「実家にな」それから、かるいため息。
「へー、どこ?」
「日野」
近いじゃん、いいなー、そう言ってゆべしの袋を見る。八個いりで、くるみと、ゆずのと、プレーンのが入っている。ゆべしってどこの名産なんだっけ。
「苦手か? ゆべし」
まじまじとおみやげを見つめていた銀時に気づいたのか、土方が抑揚のない声で、しかし気遣わしげに訊いてくる。やっぱりあの、まっすぐな目がある。銀時は一瞬息を呑んでしまう──どうしてだろう。
「あ、全然! あんま食ったことねーけど、多分好き」
なら、よかった。そう言って土方がふと笑ってたのを見て、やっぱり銀時はそわっとしてしまった。どうしてだろう。やっぱり、ちょっとおかしい。なんだこれ。
「じゃあ、また」
そう言って別れてから、ばたんとドアが閉じるまで、銀時はその視線の軌跡を追いかけてしまった。それから、なかば呆然とした。なんだこれ、だって、おかしい。
家に戻ってから、そのゆべしの袋をもう一度見る。裏側に何かふせんが張り付いていたのを見て、ぺりぺりと剥がした。内容を見る。

「土方このやろー誕生日に帰るっつってた約束破りやがって、責任とってくたばれしね」
えっ。 銀時はがたっとなぜか座っていた椅子から落ちて、いやいや、とフローリングの上で正座をした。くたばれしねってすげーな何だこれ、っていうか誕生日って。いつだったの。
休みがとれなかったっていうさっきの話からするに、多分ゴールデンウィーク中だったんだろう。でも、いつだろう。つうかそういえば俺おみやげってまだ渡せてなかった。わたしに行くときに、ついでに、訊いたりとか、 ? ていうかこのメモ返すべきなのか。
もんもんと考えていても何も始まらず、ただ誕生日、とそのメモに刻まれた文字に何か、見てはいけない意味でも刻まれているみたいで、
(だって、おめでとうをしたかったのに、と言いたいみたいで)
息が詰まるようだった──どうしてだろう。また思うが、そこに答えはない。




20130505