「…二度と来るか、こんなとこ!」

そんな捨てぜりふを吐いてびしゃっと引き戸を閉じる。ついでにがん! と柱を蹴っ飛ばした。ちょっと酔いが残ってるのと、あと半勃ちなせいだった。そのせいで片足で体重をうまく支えられなくてよろけた上、派手にすねをぶつけた。じわ、と痛みが脚をよじ登ってきて、腰を震わせる。
くそ、これも全部、万事屋のせいだ。あのクソ天パ、もう絶対ゆるさねえ。腹立ち紛れにだんだんと足音高くぼろい階段を降り、そこにあったバイクも蹴飛ばそうかと思ったが、さっきよろけてぶつけた足が悲鳴を上げていたのであきらめた。くそ。
これ見よがしにそこでたばこをやたらと吹かし、普段はちゃんと携帯灰皿にしまっている吸い殻をわざとバイクの近くにばらまいた。あとで朝にでも、いやな気分で片付けりゃいいんだ、あんなやつ。

よし、と勝ち誇った気分で歩き始めたが、なんとなく後ろ髪を引かれていちど戻って、そうしたことをものすごく後悔するはめになった。物陰から誰も出てこないか、じっと確認する。万事屋の玄関はしんとしていて、誰も出てくる気配はない。それにうっかり落胆して、そのことにも改めて腹を立てた。



なんでか俺と万事屋のアホは付き合っていて、なんていうかその、ふたりとももうどうしようもなくだめな大人だから、あれやこれやもした仲だ。ヤロー同士でなんでこんなことになってんだ、なんて思い悩むほど最近始まったつきあいでもなく、そもそもそんなことを考えるほどうぶでもない。もしそうだったら、なんとなく意識し始めて初回の飲みでうっかり寝て起きた場所がホテルでした、なんてことにはならないだろう。その上、(ここが最低で最悪なところ)お互いに同意の上だったってことを忘れてもなかったってところだ。下線を引くほど大事なところだ、これは。

ぼんやりしている間にあいつと会う回数が増え、それに伴って今までの人生のなかで、いちばん寝た回数が多いのも万事屋になった。あいつはどうか知らねえが、俺はおとことつきあうのは万事屋が初めてで、これから先(もしこれを恋愛という甘ったるい言葉で呼ぶなら)──こういうつきあいをするのも男じゃなくて女だろうから、最初で、最後ってことだ。そういう話をするとあいつはやに下がった顔をして、俺はばかじゃねえのかと思いつつも、少しだけうれしくなる。ほんの少しだけ。いや、話が逸れたけど。

このクソみてーなけんかのきっかけは、万事屋がまたむちゃくちゃなことを言いだしたせいだった。
今日は日付が変わったばかしの十月十日、万事屋の誕生日で、俺は万事屋に請われて、前日のよる、会いに来ていた。もちろん夜明け前に屯所に戻る予定でだ──そう言ったら万事屋がキレて、てめーは俺よりもゴリラがいいのかと、こうだ。ふざけんな。俺は急ぎの仕事だけなんとか片付けた以外何もかも投げて、なんとか閉店間際のケーキ屋に滑り込んで万事屋のアホが好きなケーキを買い(一応予約は入れてあった)、へとへとの体を引きずって家まで訪ねていって、作ってくれといわれたからカレーまで作った。わりと、いつも彼氏業をさぼりがちな俺にしては頑張った方だ。それだって忙しさ的な意味で手を抜いちまってるだけで、やりたくなくてそうしてるわけじゃない。万事屋は「気にしなくていいのに、オメーこういうとこまでがっちりA型な」なんて笑ってくれていたから、許してくれてるんだと思ってたのに。

たまにしたからってやってやってるみてーなかおしやがっておれのなまえひとついまだによばねーくせに、万事屋は一息にこう言って、何だかその言葉に自分自身がいちばん傷ついた、みたいな顔をした。それが、どうしてだか俺にはいちばん堪えた。だって、納得ずくだと思っていた。お互いに。
もういい年だし(お互いに)、ヤロー同士だ(これも)。それに、つきあいだって昨日今日始めたわけじゃない。ふたりで譲歩できる距離や分かり合える距離、許し合える着地点っていうのを見つけて、やってこれたと思っていた。俺はおれなりに万事屋のことが好きだし、それを表現してきたつもりでもいた。なのに、最初のクソみてえな小さいとげから一歩も、万事屋は進んでなかったなんて。思いもしなかった。

考えながら歩くには夜道の屯所は少し遠すぎ、そしてさみしすぎる。俺はなんだかじんわりしてしまって、呆然と目に入った公園のベンチに座り込んだ。びゅうとこの時期にしては冷たい風が吹く。畜生、昨日までは暑かったってのに。
じっと膝を見つめるだけで、別段涙なんか出てきやしないが、たばこを吸おうとも思わなかった。ただ、ためいきすらでない。今膝を抱えてもいいと言われたらそうしただろう。さすがに、隊服すがたのままそんなことをしていたら、夜分とはいえ目を引くだろうからやらないが。でもそんな気分だった。ひとりにしてほしい、でも、
「──ひじかた」
ひとりにはしてほしくない、どうして俺の気分を読むように、万事屋の声がするんだろう。
背中の方からするかと思ったが、正面からきた。俺は顔をあげない。じわり、と腹の奥か胸のうちか、わからないが、熱が広がる。痛みと歯がゆさをもった熱だ。万事屋であれば、俺のことを多少は解ってくれる、そう思っていたのが幻想だと打ち砕かれたばかりなのに。この声は俺をばかにする。
「…悪ィ、いや、……」
いつもなら口先だけがぺらぺらとよくまわる万事屋らしくもなく、言葉がたどたどしい。がりがりと頭をかく気配がする。困っているらしい。もっと困ればいい。俺みたいに。こんな風に、いい年をして、年甲斐もないことを考えてふわふわしている俺よりももっと。
「…帰ろーぜ、カレーもあるし、」
オメーが作ってくれたやつ。 ばかみてえにそこだけ、変にはにかんで万事屋が言ったりなんかするので、俺は思わず顔を上げてしまった。ああ、本当に俺はばかだ。そう思った。




20131010 ぎんさんお誕生日おめでとう!