土方はじとっと銀時をねめつけて、なんと答えようか考える。銀さんの銀さんって、ようは触らされたあそこってことだ。それが元気がねえって。つまりは。
「めでてえことこの上ねえな。祝杯でもあげるか」
「え、それひどくない。土方くんってば」
 銀さん傷ついちゃう、などとうそぶいて目元をそれらしくぬぐってなどみせるようすを横目で見、土方はふんと鼻を鳴らした。いい年のヤローの泣き真似なんざ、うざったいことこの上ない。しかも普段かわいげも何もない、銀時みたいなタイプじゃ余計だ。うさんくせえ、思ったままを言ったが、嘘泣きまでしたくせに銀時は大して堪えてもいないみたいだ。平然としている。
「めでてえことをめでたいと喜んで何が悪い」
「そんなこと言って、銀さんの銀さんが勃ちあがれねーと悲しむのは土方くんだって一緒イテテテ、すいません鼻がもげるんでやめてもらっていいですか」
「悲しくなんかねえよふざけんな」
 怒りにまかせて銀時の鼻を力任せにつかんでひっぱると、銀時は両手をホールドアップの体勢にしてすいません、と素直に謝った。いやどうせそれもポーズなんだろうが。どうせ、こいつのことだからくだらねえことを考えてるのは解っている。問題は、それがどの程度くだらねえかっていうところだけだ。
「で?」
「ん? なにが」
「だから、大事な話をするつもりだったんだろ。…どーせくだらねえことしか考えてねえんだろうが、仕方ねえ、きいてやるから言え」
「うーわ、何その偉そうな態度。そんなんじゃ言いたくねーな、せめて『教えて、ぎんとき』くれえかわいいこと言ってもらえねえと」
「じゃあ一生言わねーでもいい、…邪魔したな」
 どうせセックスも出来ねーんじゃいいだろ、と立ち上がると、銀時が慌てたように腰にしがみついてきた。
「あっうそ、まじで嘘ですすいません、言うから待って帰んねーで!」
「じゃあとっとと言え。訊くだけきいてやる」
 ふん、と鼻を鳴らしつつ、仕方なし、というポーズをとってまた座り直す。さっきまで銀時にふられるんじゃないかとおびえていたのが嘘みたいで、ほっとしていたというのもある。さっきまでの自分らしくない弱気な行動をなかったことにしたくて、ことさら土方は横柄に振る舞った。銀時はその、土方の照れ隠しに気付いただろうか? 解らないが、赤いふしぎな色をした目にほっとしたような色と同時に、いたずらっぽい光が光っているのを見て嫌な予感がした。やっぱり帰った方がいいかも、と思うが、がっちり捕まえられていて叶わない。
「あのさ」
「断る」
「…まだ何も言ってねーけど、俺」
「どうせろくでもねえこと言うんだろ」
 離せ、と振り払おうとするが、銀時の腕は離れていかない。クソ、まじでこの馬鹿力、どっから出てんだ。毎日ぐうたら寝てるか、外でぐうたらしてるかの二択で、対する土方は毎日朝夕と、どれだけ多忙でも最低二時間は毎日道場で汗を流している。筋トレだって寝る前に欠かさずしているのに、これだ。筋肉量や体格は遺伝によるものが多いと言うが、それにしたって腹立たしさが消えるわけじゃなかった。神様なんぞ信じているわけじゃないが、銀時にこのむだな力を与えるなら、なんで俺にも平等にくれなかったものか。刀さえあればそう簡単に負けることはないだろうが、素手での勝負にはやはり銀時に軍配があがる。くそ、大して体重も背丈も変わんねーのに。銀時は力の使い方も上手いんだろう。

「! ちょっ」
 少し油断した隙に、じたばた暴れる土方をなんなく銀時はいなし、ころんと仰向けに転がされてしまった。とっさに蹴りを食らわそうとした脚を掴まれ、逆にぐいと広げられてしまう。クソ、と舌打ちする土方をあやすみたいに、銀時がごつんと額をぶつけてきた。ごく至近距離すぎる位置で目と目がぶつかる。お互いのまばたきの音さえ聞こえそうなぐらい、つーか近ぇ。
「…重い」
 左手は体とソファの背もたれに挟まれて使えなかったが、右手は自由だった。ごく間近にある銀時の顔をぐいと右の手で横に押しのけると、それまで余裕綽々な顔をしていた銀時は身構えていなかったのか、押されるまま結構な勢いで背もたれに顔をぶつけていた。ざまみろ、そう思いながらその体の下から抜け出そうともがくが、脚を押さえ込んできている手はあいにくそのままだった。馬鹿力め。何回目か解らない悪態を腹の中で噛みつつ、土方はふう、と大きくため息を吐いた。
「いてーなオイ」
 復活してきた銀時の顔を見ると、鼻の先が赤くなっている。ごつんとわりと大きめな音がしたが、その音が示すとおり派手にぶつけたらしい。
「男前になったじゃねーか」
 そう言ってぐいと鼻をつまんでやると、また銀時はいて、と悲鳴をあげて土方の手を払ったが、その目には怒りはなかった。むしろまたそのまま視線をじっと土方と合わせたまま、顔をよせてきた。すりあわせるみたいにくちびる同士が触れて、ちゅう、という変にかわいらしい音がする。一度離れて、今度はそこを吸い上げられ、土方は促されるままに目を閉じた。わずかに開いたくちびるの内側をたどるようについばまれて、じれったくなる。
 しばらくそのまま口を吸い合っている内に、土方は頭の動きが少し鈍くなってしまった。いつものことだし認めるのはなかなか難しいが、銀時のしてくるキスは土方の気持ちを柔らかくさせる。甘ったるい舌に口の中を愛撫されると、背の奥のところがじわっと熱を孕んでしまう──それこそその先をねだるみたいに。

 銀時が離れていくと、互いに差しだした舌どうしをねとりとした唾液の橋がひいた。それをぐい、と無造作に手でぬぐって、銀時が腰を押しつけてくる。が、いつもと違って、そこはおとなしいままだった。さすがに何の経験もない童貞でもあるまいし、キス程度で勃ったりなどはしないが、でも互いにセックスの前触れとして位置づけている行為に何も感じないはずもない。むしろ、土方が銀時とするキスが好きなのと同じく、銀時もそうみたいだった。性的なふれあいをしないときでもよく口を吸われたし、土方が口づけをしかけると嬉しそうにする。もっともこちらは、あまり積極的でない土方が起こすアクションについて、ってことかもしれないが。
 とにかく、問題はそこだった。いつもなら、もう若くもないのに年甲斐もなく互いに体を熱くしているようなタイミングだ。はあはあと息を荒くして、服を着ていればお互いをいち早く裸にしてやろうと急いて服をはぎ取り合うし、そうでないなら肌を撫でたり吸ったりしている頃だ。が、今日はそうではない。あいにくと、いつもならリードを引っ張っていく銀時が役に立たないという宣言を受けたばかりだ。しかし、土方はこんな風にしてくるのを見、半ば嘘じゃないかという気がしてきていた。どうせ「俺今日勃たねえから、ちょっと自分ひとりでしてみてくれねえ?」とかなんとか。…銀時なら言いそうだ。実際、土方は前に誕生日だからと言って自慰をさせられたことがある、「好きだって言って」とねだられるよりも前の話だ。しかもただペニスを使う自慰ならまだしも、そうじゃないってことが問題だった。グロテスクなおとなのおもちゃってやつを持ち出してきて、土方にそれで自分をいじめるようにねだったのだった。…誕生日、なんて言葉を盾に取られて、なんていうのは卑怯かもしれないが  ねだられたとはいえ、結局「解った」とうなずいたのは土方自身だったからだ  土方はとにかく、言われた通りにした。そんなモンを体に入れるぐらいなら銀時のものを口と手と、それから尻も使ってかわいがる方がずっとましだった。
「だって、ちゃんと見れねーじゃん、自分でやってると」
 理由を問うと、そう銀時は言った。
「…ンなもん、ちょっと我慢するとか」
「無理無理無理。オメーのそこまじ名器だからね、銀さんじっくり見るとかそんな余裕ねーわ」
 でも他のやつとヤってるとこ見るとか無理だし、そう言って銀時はべたべたと土方に触れてきて、結局おもちゃを使ってさせられたのよりもすごいことをさんざんされた。しかもいやってほど啼かされて、声がかれて翌日は半日ふとんから起きあがれなかった。自分の誕生日のあとだというのに、銀時はそんな土方の面倒をかいがいしく見てくれたが、結局声が完全に元に戻るまでは一週間と少しくらいかかってしまったのだった。



the nasty bits 2ndQ